第二百四十七話 江刺の叛乱

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「葛西太守がなくなられたそうだ」


 葛西太守が死んだと父上が皆に伝える。確か七十五歳だったか。この時代ならかなりの長寿ではあるな。


「となると新しい太守は壱岐守(葛西晴信)殿か」


「そうなるな。江刺はおそらく太守に反旗を翻すと思うが我らはどうするか」


 守綱叔父上の言葉に父上が応じる。そして起こるであろう反乱に当家としてどう対応するかの話し合いとなった。


「父上よろしいでしょうか」


「なにか意見があるか」


「はい。某は太守の義理とは言え娘婿に当たるわけですので、どこかの段階で援軍を頼まれるかとは思います。ただ何も話が来ていない今の状況で兵を興せば太守の面子を潰しかねません」


 そもそも江刺をどうにかできるほどの地力もないのだ。こちらから打って出るのは良くない。それより和賀にとどめを刺すべきではないかな。


「うむ、神童の言う事は尤もだ。葛西宗家の顔を潰すわけにはいかん。ここはしばらく様子を見るべきだろう」


「ふむ、ではそうするか。ただ必要があればすぐにでも兵を興せるよう準備を怠らんようにな」


「御意」


「それよりも父上、和賀に止めを刺してはいかがでしょうか」


「和賀をか」


「はい。昨年は野火などもあって収穫がおぼつかなかった様子。此度の義祖父上がお亡くなりになったことによる混乱に乗じて胆沢に攻め込むやも知れません」


 というかそうなるように誘導しているので、兵を集めてもらわねば困るのだ。そう考えているとドタドタと慌てた足音が聞こえる。


「殿!大変です!江刺治部大輔隆見が葛西宗家に対して一揆を起こすようです!」


 おもったより早かったな。一応江刺に文を送りつけたのでいきなりこちらに攻めかかることもないだろう。


「何!それで状況はどうか」


「は。岩谷堂城で三千の兵を集めるとのことです」


 さらに薄衣らの兵、千を加えて四千にまでなる見込みで最終的に金野の守る千厩城を目指すという。あそこが落ちると筆頭家老の大原殿が孤立するので割と重要な拠点だ。対する葛西宗家は山吹城の大原殿がすでに五百で援軍に入っており、更に寺池から軍が送られるという。


「千厩城で籠城だろうな」


「とても千厩城を落とせるほどの戦力には思えぬが」


 父上の言葉に守綱叔父上が答える。


「千厩に目を向けさせたところで武蔵守ら他の者が兵を挙げるのかも知れません。伊達の手のものが出入りしているとも聞いております」


 状況としては葛西宗家は四面楚歌に近いがそれぞれ籠城で時間を稼いでいるうちに各個撃破できればなんとかなるだろう。なんとかならないようならそれまでということだし、援軍の依頼も来るだろう。


「若様お耳を」


 ふと左近から報告を受ける。


「保安頭はなんと言っている」


「は、江刺の動きを受けて和賀が兵を集め始めたと」


 こちらも動きが早い。


「おそらくは江刺を目標にすると思われますが、万が一ということもあります」


「うむ。二子城と安俵城にはいくらか兵を入れておくか」



相去城 相去安芸守久広


「殿は胆沢に兵をだすと」


「まぁ、それは乱妨取りをしにと言うことでしょうか」


「おそらくはな」


 思わずため息が出る。確かに江刺が葛西宗家に一揆を起こすというならば胆沢も空くので乱妨取りも可能に見える。


「しかし江刺治部大輔もそれくらいはわかっておるだろうからな」


 とはいえ兵の大半は葛西宗家に向ける様なので、乱妨取り出来ないほどでは無いだろう。


「やむを得ぬな、阿曽沼が兵を興すまでは付き従っているふりくらいはせねばなるまいて」


「あら、その阿曽沼から文が来たわ」


 文を読めば小四郎(和賀定久)の挙兵に合わせて兵をだすのでその際にはよしなにと書かれている。


「全く見計らったかのように文を寄越すとは、阿曽沼とはどんな奴なのだろうな」


 俄然興味が湧くというものだ。


「もしこれに応じなければどうなるのでしょう」


「簡単だ。借りた米の分は取り立てられるさ」


 すでに結構な量の米や雑穀を融通してもらっているので断れば儂等がただではすまないだろう。その代価は儂等の首だろうから今更後には引けないのだ。



勝山館 蠣崎若狭守光広


 夷人を歓待した席で判明したが、シヒチャリ(現静内川河口付近)の向こう、険しい山を越えた先、メナシクルという土地に最近変わった船が現れるようになったと。それは我らの持つどの船よりも大きいという。


 商いはまずまず我らと変わらぬような取引内容の様だが、先日攻め込んだシュムクル二百を追い払ったという。それからはその船を寄越した家に着いたという。


「その名も阿曽沼か」


「最近富んできたという遠野でしたな」


「ああ、大軍の斯波を返り討ちにし、朝廷より小初位下を授けられたそうだ」


「さらに轟音とともに城を破壊する筒のようなものを使用するようです」


「シュムクルとの戦では用いられていなかったようだ」


「あまり数はないのでしょうか」


「であろうな。しかし二百とはいえ夷人をいとも簡単に返り討ちにするとはな」


 我らは未だに下の国を取り戻せていないというのにあやつらはそんなに強いのか、それともシュムクルがそれほど強くないだけなのか。


「如何なさいますか」


 どうするかと言われても蝦夷地の奥に大軍を連れて行く為の手段を我らは持っていない。とはいえ静観するわけにも行かない。


「直接阿曽沼に話をつけたほうが良いか」


 箱館を奪われて手持ち無沙汰な河野を使いにやらすか。折角だからその大船というものも見てこさせよう。

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