第二百四十六話 十勝川は凍ることがあるそうです
大槌城 大槌十勝守得守
たくさんのカッコ(小舟)が大槌川に浮かび、そこから木の棒を川の中に刺し、或いは川から引き上げて土砂を船に乗せている。いくつかのカッコが我らの方にやってくる。大槌川の左岸、安渡の海岸に浚渫した土砂を落としていく。おかげで少しずつ陸地が広がってきている。
「寒い中、皆ご苦労!」
暖かくなってきたとはいえまだまだ冷たい風が吹き付ける海岸にはいくつかの焚き火があり、さらにその奥には里芋と猪肉の入った味噌汁と飯を炊いている小屋が並ぶ。そこには男衆が、代わる代わる椀を受け取って腹に流し込んでいる。
「へへ、殿も奥方様もこんな寒いところに居ちゃあなりませんぜ。特に奥方様は身重でいらっしゃるんだからな!」
「貴様らが平気なのに俺が寒いわけがあるものか」
正直めっちゃ寒いけど、蝦夷交易で得たヒグマのマントを着ているので例年よりは寒さは平気だな。
「もんだいないわ、ここあったかい」
「あーそういや姫は蝦夷から来たんだった。あっちはもっと寒いんですかい?」
「さむい。かわがこおるくらい」
十勝川は凍るのか。となるとやはりだいぶこっちより寒いんだな。
「今年は子が生まれるので俺は春便で行かぬ。玄蕃、指揮は頼むぞ」
「この狐崎玄蕃、殿の代わりとなる大任、見事果たしてみせまする。殿のお子がお生まれになるのに立ち会えないのは残念ですな」
「帰ってきたときには元気な我が子に合わせてやるから、しっかりやってきてくれ」
「へへっそういうこってす。狐崎の旦那は大船に乗った気でいてくだせえ」
「千三郎の言う通り、まさに大船だからな!」
「ちがいませぬな!」
「ははは!しかしあの若様がこんな別嬪の奥方を蝦夷でもらってくるなんてオレっちも思ってませんでしたよ」
それについては俺も完全に同意だ。まさかこうなるなんて夢にも思ってなかったさ。せいぜい近くの豪族から嫁をもらうんだろうなくらいなもんで。
「わたしはひとめみたときから、とのしかなかったわ」
「おおー!さすが殿!顔のできがいいとちがいますなぁ」
何言ってるんだ。どう見ても政略結婚だろうに、いやまあ華鈴は美人だし素直でいい女だったので正直嬉しかったけど。
「それにとのは ねやでもやさしくはげしくて」
「これ、そんなことは話さんでいい」
頬を朱に染めながらそんな事言うもんだから、男衆も女衆もなんか興奮しちまってるぞ。
「くぅ!やっぱ蝦夷で新しいかみさん探しするっきゃ無ぇか!」
「何いってんだい!この抜作が!」
「ああん?かかぁ、やるってのかい?」
「へっ、あたし以外じゃ無理だってのをおしえてやるよ!」
「はっ!望むところだぜ!啼いても許してやらねぇぜ」
千三郎とその妻、たかは競うように家に駆けていく。その後姿を皆半ば呆れたようにながめる。
「はぁ、あの二人はあいかわらず仲が良いな」
「にたものふうふってやつね」
「当に」
おしどり夫婦ではないがお似合いの夫婦だな。隣近所からは時々喧しいと苦情が入るようだがまあご愛嬌ということにしておこう。
◇
橋野製鉄所 長兵衛
「むぅ、やはり底に鉄の塊が出来てしまうな」
「工部大輔様に聞いてみてもわからないと仰る」
「あのような優れた方でもわからぬことを我らでなんとかできるであろうか」
「親父、何を言う。そもそも親父ができるって言って譲ってもらったんだろう」
ぐう、たしかに儂が頼んで譲ってもらったので文句は言えない。
「やむを得んな。まあ若様や工部大輔様からはゆっくりやって良いとは言われておるからな」
「いちおう今の問題点をまとめておこう。一つは高炉の底に鉄の塊が溜まって時々壊さねばならないこと、もう一つは炭がとにかくたくさん必要なので炭をへらす工夫が必要なこと、最後に櫂炉に入れてかき混ぜるのは良いがあれでは軟らかい鉄にしかならん。ほしい硬さの鉄を作るのにわざわざ銑を混ぜなければならぬのをなんとかしたい。こんなところでいいか?」
だいたいそんなところだな。
「一度に全部は難しいから一つずつやっていくか」
「であれば高炉の底に鉄がたまるのをなんとかするところから始めるか?」
「うむそれでいいだろう。とりあえずどうするか」
鉄がたまらなくするにはどうすればいいのか、考えても全く思いつかない。
「まあ工部大輔様でも思いつかないんだ、俺たちが考えるよりとりあえず手を動かしてみる方がいいんじゃねぇか?」
我が息子、安太郎の言うことは尤もだ。とりあえず出来そうなことを片っ端からやっていくしかねぇ。
「まず炭を増やしてみるか」
「てぇなると高炉を大きくするのか?」
「いや、炭と鉄の割合を変えてみるのだ」
「親父、それはすでに工部大輔様がやったが解決にならなかったぞ」
「なんだと……では鞴の勢いを強くするか」
「どうやってだ?」
「水車を大きくしてみようか」
「あぁそれくらいなら割とすぐになんとかなるかもな。やってみるか」
◇
閉伊郡 山田村 小国彦十郎忠直
この一年いろんな魚を手当たり次第調べてみた。どうやら普通の海の魚は海でしか生きられず、真水につけると死んでしまう。逆に川や池の魚は海水につけると死んでしまうことがわかった。
「なぜ鮭は海と川を行き来できるのだ?」
「なにか特別なのかもしれませんな」
「うむ……不思議なことだ。いくつか鮭の子を取り上げて腑分けしたがわからぬ」
去年も鮭は大量に上がってきた。上がってきた鮭を取り上げ、腹を割いて鮭の子を取り出したものの様子をみたが腐ってしまった。そういえば白いものをだしているのが居たので口のとがったものの腹を割いて白子をかけたがこれも腐っただけだった。
「鮭の子と白子を掛け合わせただけでは鮭の子よりなにかにはならぬようだな」
「しかし川では確かに鮭の子から魚が出ておりました」
「うむそうだな。となるとまた違う何かがあるのかもしれん。また今年詳しく見てみなければならんな」
「はい。それはそうと殿、造船所とやらはどうなさるので」
「今年から大槌の船大工が来てくれて造船所を作り始める手はずとなっておる」
場所は船越の浜だ。あそこなら砂浜になっているので海に入れるのも楽なのだとか。船のことは何もわからんから大槌十勝守の言うとおりにするしか無いが何もせずとも収入源が手に入るのだ文句の出ようはずも無い。
「鮭に船かうむうむ、小国に居た頃は全く想像も出来なかったな」
「いやはや全くでございます。来年には今より賑やかになっているのでしょうね」
すっかり魚の生態に興味を奪われて造船所にあまり興味が唆られないが城下が賑やかになるのは良いことだ。
「そうだ、この夏は海に潜る練習をするか」
潜ればもっと魚のことを知れるだろう。うん、我ながらいい考えだな。
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