第二百四十五話 葛西政信の死

遠野学校 三人称です


 蝦夷地からきたスチブン、ワトウ、キユニは今年から遠野学校に入学している。


「なあなあ!また蝦夷のことを教えてくれよ!」


「そうだそうだ!向こうの熊の話をまたしてくれよ!」


「何言ってんだ!川の主について聞くんだよ!」


 講義と講義の間、つまり休み時間なると蝦夷からの三人と話をしようと子供たちが集まる。それに対して、三人も遠野の子供たちに質問をしたり概ね仲良く過ごしている。


「お、おまいさんらまたやっとるな。ほら授業を始めるから座り」


 遠野に下ってきた地下人の一人は講師となっている。最初はあまり乗り気では無かったが、子供たちが徐々に出来るようになって来る様を見ていると得も言われぬ充足感を得ていた。


「ほな今日は立ち居振る舞いをするで。おまいさんらは明日の遠野を背負う身です。それなりの所作が出来なあきまへん」


 子供たちにとって一番つらいのはこの所作の講義であった。座り方から、慣れない動きや話し方、さらには文の書き方など多岐にわたる。勿論挨拶の仕方一つをとっても厳しくしつけられる。


 なお主人公等は大宮算博士により、一層厳しくしつけられている。それは阿曽沼守親が官位をもらったことで、今後朝廷に顔を出す可能性が高じたことによりより厳しくなった。雪にしても母親である春や大宮時元の妻である清子の厳しい指導を受けている。


「まあこんなもんやな。ほな家でもなるべくシャキッとしとるんやで」


 丁度正午を告げる鐘が聞こえてきて今日の授業が終わる。終わった後は普段は走って帰る元気な者もこの日ばかりはぐったりしている。


「コレガナケレバ、タノシイノニナ」


「マッタクダ」


「ホンマタマランテ」


 蝦夷の三人も疲れた顔をさせて研究所に帰宅する。



寺池城 三人称です


「は、晴信か……」


「父上!お目覚めですか!」


 数日ぶりに目を覚ました葛西政信の周りは葛西晴信をはじめ、多くの者が控えている。


「わ、儂は寝ておったのか」


「父上、お体の具合はいかがでしょうか」


「ふっふっ、孫婿殿の丸薬のおかげでずいぶん楽になったわ」


 強がってはいるものの、息は荒れ、冷や汗が浮かんでいる。


「晴信、其方には迷惑をかけるな」


「な、何を仰るのです!私がおりさえすれば葛西は安定でございます!」


「ふっふっふ、そうだな。熊王丸(後の葛西晴胤)もおるしな」


 そう言って晴信の後ろに控えている熊王丸に目線だけ向ける。


「祖父上、私が必ずや葛西を盛り立ててご覧に入れます」


「うむ、頼むぞ。しかししばらく寝ていたからか、久しぶりに話をしたからか腹が減ったな。塩鮭の湯漬けを持ってきてくれんか」


 そう言うと小姓が走り、しばらくすると焼けて塩の浮いた鮭と湯漬けが持ち込まれる。


「うむ、うむ、旨いな」


 ほぐした鮭の身を湯漬けにのせて啜る。


「ち、父上が食事を召し上がって……」


「はっはっは。儂とて腹を空かせば飯を食うぞ。それはそうとこの米はずいぶん旨いな。何処の米だ」


 葛西政信は一口ずつ味わうように食べながら話をする。


「阿曽沼から贈られた米でございます」


「そうか……あそこは豊かだな」


「はい。誠に羨ましいことに」


「これだけ善い物を作ることの出来る阿曽沼だ。決して敵に回すでないぞ」


「……肝に銘じておきます」


 最後に残った皮をよく噛みしめて葛西政信は箸を置く。


「伊達も大崎も油断ならん。しかしそれにもましてここには来ておらぬ江刺にはくれぐれも気をつけるようにな」


 すでに口癖のように繰り返した言葉をまた繰り返す。


「さて、腹一杯になったら眠くなったな。少し休ませてもらうぞ」


 そう言って目を閉じた葛西政信はそのまま息を引き取った。


「父上……!くぅ!」


「祖父上様……、お見事でございます」


 享年七十五、史実より一年長く生きた武将が消えた。不安定な葛西家中は政信の死によりさらに混迷を来すこととなる。



岩谷堂城 三人称です


「政信が死んだか!思ったよりしぶとかったな」


 葛西政信の訃報をうけ江刺治部大輔隆見は膝を叩く。


「殿、これは葛西を見切る機会では」


「ふふふ漸くだな。薄衣や黒沢はどうしている」


「は、両家はともに大崎様に寝返る様子」


 元々葛西家中でも大崎氏寄りであった薄衣や黒沢はすでに葛西を離れる方針となっている。


「千葉や熊谷等も反旗を翻す様です」


「武蔵守(葛西宗清)はどうか」


「すでに兵を集めておられます」


 まさに四面楚歌といった様に包囲された葛西宗家の状況は絶望的である。


「して和賀や阿曽沼はどうか」


「和賀は昨年凶作であったようなのでこちらに乱妨取りにくるやもしれません。阿曽沼はあまり戦という雰囲気では無いようです。むしろ和賀を手に入れたい様子」


「であればあまり気にはせんで良さそうだな」


 そのとき城に阿曽沼の使いを名乗る僧が一人訪ねてきた。


「阿曽沼の?」


「はい。拙僧は極楽寺の住職、散峡と申します」


「これは上人様、こんなところまでわざわざご足労頂きありがとうございます」


 突然の来訪に戸惑う江刺治部大輔隆見を見て散峡上人はしかし優しく微笑み、話を切り出す。


「阿曽沼小初位下守親より文を預かっております」


 差し出された文に目を通す。


「なるほど、阿曽沼殿は我らとの戦を望んでおられぬと」


「ええ、勿論葛西宗家から参陣を求められれば一門でありますので相応に兵をだすことはしますが」


「我らには手を下さぬと」


 考え込む江刺隆見をみながら散峡上人は湯を啜る。


「うむ、悪い話では無い。しかし阿曽沼に利がないのでは?」


「阿曽沼は和賀を得ることを考えております故、横やりが入らねば静観の構えでございます」


「なるほどな、善いだろう。阿曽沼の和睦を受け入れよう」


「殿!よろしいのですか」


「構わぬ。むしろ阿曽沼がこちらに出張ってきたならば和賀か稗貫、斯波の何れかが阿曽沼に食らいつこう」


 そう言うと江刺隆見は筆を執り和睦を受け入れる旨の文を認めるのであった。

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