第二百四十四話 皆でお勉強

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「そういうことで来内茂左衛門の嫡男竹丸をいずれは建設寮の頭にしたいのですが」


「それは構わんが、建設寮は木工とは違うのか」


「はい。普請と作事を兼ねた役職です」


 普請と作事などといったそれぞれ分けるよりはまとめて仕事をした方が効率がいいだろう。


「つまりは今後は城普請などを我らにお任せいただけると」


「そうなるな」


「それは大変名誉なことにございます。竹丸!そなたも嬉しかろう!」


 話を振られた竹丸君は気まずそうに頷く。


「ええ、竹丸もとても喜んでくれたよ」


「左様ですか。いやはやこれはめでたい」


「そこでな、よりよい城を作るために竹丸を大宮様の許で学ばせようと思うのだが、来内よ、かまわぬか?」


「勿論でございます。しかし算博士様は普請にも造詣がおありなのですか?」


 公家なのにそんなのも知っているのかと不思議そうな顔で聞いてくる。


「ああいや直接知っておられる訳ではない。明の算術書に城などの普請に使える知識が書かれておる故、学んで欲しいのだ」


「なるほど、それがどれくらい必要なのかは某にはわかりませぬが、算博士様から直接ご指導いただけるなどこれも光栄であります。無論異議はございません」


「では大宮様にはすでに話を通しているので、早速明日から大宮様に習いにいくぞ」


 まあ遠野学校の空き教室を借りてやるだけなのだが、せっかくなので授業風景も軽く視察してみよう。あんまり体罰してるようなら嗜めなければならんし。



遠野学校 阿曽沼孫四郎


 というわけで入学式ぶりに遠野学校に足を入れてみた。廊下から壁の所々にある格子越しに授業風景を見れば概ね皆姿勢よく授業を受けている……訳はなく、きゃいきゃい賑やかだ。とおもえば隣の教室は生徒が少ないこともあって静かなものだ。


「こっちはずいぶんと静かですね」


「こっちは武家の子を集めてるんや」


 なるほど向こうは町人や百姓の子らか。


「しかしなぜ分けているのですか?」


「最初の頃は同じ部屋にしておったんやけどな、些細なことで喧嘩になって百姓の子が武家の子を殴ったんや。それに腹を立てた武家の子が百姓の子をしばき倒したんやけど、その報復に百姓らがその武家の家に集まってな、親が謝るってなことまでいってもうたんや」


 そういえばなんか聞いたな。謝罪後に親が弓を取って攻めかけたら、百姓共がそれを読んでいて返り討ちにしたとかなんとかで結局、武家のくせに百姓に返り討ちにあうとは恥もいいところということで親が切腹するという痛ましい事件があったな。


「あの事件ですか、なるほど。であれば仕方ありませんね」


 皆血の気が多いからなぁ、やっぱり法と司法を整備しなきゃならないな。子供の喧嘩に大人が出張って争いになるのは良くない。決闘は認める代わりに一対一で正々堂々とやらせるか。どうせなら客もいれて見世物にして上がりを取るのもいいだろう。我ながら実にゲスだな。


「そういうわけでな、今しばらくは分けておこうかと思てます」


 しかしこんな有様では運動会はとても無理かな。あんまり選り好み出来るほど人が居ないから福島正則みたいに桶屋から武将になった例もあるし、優秀ならドンドン取り上げていきたいのだがな。まあ焦っていま内乱になっても困るから、じっくりやっていこう。


「承知いたしました。やむを得ないですね」


「中には町人や百姓とうまくやっている者もおりますので、いずれは同じ学級にしたいとは思っております」


 いじめは前世でも無くせなかった、というか無くせるものではないだろうからある程度許容するしか無いが、無駄にプライドだけ高い奴はいつの世も生えてくるんだろうな。


「しかしやはり武家の子のほうが概ね勉学も体術も優れておりますな」


「それはそうでしょう。我らは物心ついたら読み書きと稽古はしております」


 清之が当然のように回答する。食べるために自ら多少の田畑を作っているとはいえ合間合間に武術や書物に普段から触れているのだから。


「それでも我らだけでは手が足りぬ様になるのも時間の問題だからな」


「阿曽沼ももっと大きくなるんやろうなぁ」


「ええ、蝦夷の開拓も始まったところですからね。優秀な者は一人でも多く得たいのです」


「ほほほ。そういうことにしておきましょか。で、神童が数学を学ばせたいという童は其方かや?」


 ぐるっと校内を見て空き教室に戻ってくると、今回の主目的に話題が移る。


「はい。来内茂左衛門の嫡男竹丸と申します。建設寮の頭になるため算博士様の許でしっかり学びたく存じます」


「ん、よう学び。とりあえず今どれくらい出来るのか見てみよか」


 簡単な計算問題が書かれた紙が渡される。ついでに俺たちにも渡されたが俺と雪、それと付いてきた彦次郎丸はさっさと終わらせ、清之と竹丸や梅助と雪丸は唸っている。これは清之も習わせた方が良さそうだ。


「ふむ、神童と姫はさすがやな。特に間違いもあらへん」


 清之が助けて欲しそうにこっちを見てくるが駄目だな。


「清之、そなたも数学をやれ」


「わ、若様誠でございますか……」


「ああ、俺の部下になるならこれくらいは出来てくれ」


 俺の言葉に衝撃を受け、清之は肩を落とす。出納計算も必要なのだからこれくらいはやってくれなければ。


「というか今までの出納はどうしてたのだ?」


「お母様がやっていたわ」


「清之はやっていなかったのか?」


「やってるところは見たこと無いわね」


「わ、若様に教えるのが忙しかったのです」


 清之は弁明する間に大宮様とアイコンタクトを取る。


「ほな竹丸以外にも浜田殿や残りの小姓も一緒に面倒見たるわ。そこの姫さんの下役もな」


「ご厚意、感謝致します」


「ええ、ええ、ついでや」


 彦次郎丸は計算出来るはずだが、まあいいか。大宮様に任せよう。


「ええと、雪様、私も学んで良いのでしょうか?」


「大宮様が良いと仰っているのだから、ご厚意を受けるのが礼儀よ。それに私の下役も勉強できなきゃ務まらせないわよ」


「ひぇ!が、がんばりましゅ!」


 なんか紗綾はずいぶん賑やかだな。


「では皆、よく学んでくれ」


「何を言うてます。神童と姫さんおまいさんらもや」

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