第二百五十三話 穀倉地帯の確保
一関付近 三人称
千厩城を出て、薄衣城で休息を取った江刺軍は一関の町に出る。江刺治部大輔らは八幡神社に宿を取り休息をとる。
「殿、阿曽沼が和睦をしたいと使者を寄越しておりますが」
「民を全員帰さぬのなら話すことは何も無いといって帰らせろ」
漸く体を休められると思ったところに舞い込んだ使者の知らせが江刺治部大輔隆見の機嫌を悪くする。
「どうにも阿曽沼は調子に乗っているように思います」
「柏山伊予守、どういうことか」
葛西の重臣の一人である柏山伊勢守重明は江刺治部大輔隆見の甘言に乗って江刺側に着いたものの和賀に備えるため残り、当主である柏山伊予守重朝が豪勇で名の通った柏山家家老である三田左衛門尉を連れて参戦していた。
「斯波を追い返した手際はあっぱれかと思いまする。しかし和賀を飲み込み、どうやったのか葛西宗家の一門となり伊達との仲も良くなった。こうなれば我らごとき大したことはないと思っておったとしても不思議ではないでしょう」
「なるほど。つまり我らは舐められておるわけだな」
「左様にございましょう」
江刺治部大輔はこめかみに血管を浮かせる。
「しかし治部大輔殿、これから田植えでござる故、今兵を出すのは難しいかと」
「ぬぅぅ、阿曽沼め命拾いしたな」
江刺隆見は歯がみし、唸る。
「しかしそれも田植えが終わるまででございますな。一足先に儂は阿曽沼への挙兵準備に取りかかりましょう」
その翌日、一関を出て北上する。前沢城で柏山軍が離脱し、北上川を渡るために江刺家の重臣である下河原玄蕃が治める下河原館で一休みする。
「この先、胆沢川を越えた先は無人の地となっておるのか」
「物見を送りましたが、たしかに人が居ないようです。お陰でこの近くの百姓らのいくらかが移っていっております」
この下河原館の西側は胆沢扇状地となっており、川が一本も流れていないので田を作ることが出来ない。わずかに畑を耕している者がいるが、その者らは空き地となったもともと柏山家の領地であった金ヶ崎に移り始めている。
「ふむ逃げ出した臆病者の代わりに我らの民が入っていっておるわけか。それに柏山の領を取り込むことにも成ろうな」
「しかし失った民の数を埋めるには足りません」
「やはり阿曽沼を攻めて人足を連れてこなければ為らぬか」
「では田植えが終わりましたら」
「頼むぞ」
下河原館から船で北上川を渡っていく。すでに岩谷堂城は目と鼻の先となり、直属の兵二百余りが残るばかりである。
「やれやれ漸く戦の疲れが癒せそうだな」
「父上、まずは腹いっぱいの飯が食いたいですな」
嫡男の江刺播磨守重任が気の緩んだ顔で飯のことを話す。
「兄上の言うとおりです。某も腹の虫がおさまりませぬ」
続いてこの戦が初陣となった江刺河内守重氏が空腹で痛む腹を擦りながら答える。
「がはは!初陣でガチガチだったのにすっかり大将のような腹だな」
江刺治部大輔の言葉に顔を赤くするが早く帰って風呂に入り、飯や酒で腹を満たすことを皆考えていた。
◇
岩谷堂城近く 阿曽沼守儀 ※三人称視点です
「よぉしよし、知らせ通り江刺治部大輔らが来たぞ」
まだまだ開墾の進んでいない街道沿いの藪に守儀率いる鉄砲隊が二十五人ずつ街道の左右に分かれ、息をひそめて待ち構える。岩谷堂城が木の隙間から見えるからかすっかり気を許して、隊列が乱れているのが見える。
「ではこの近くに来たら手筈通り、まずそのうさぎを放って足止めしそこを狙い撃つ。しくじるなよ?」
江刺治部大輔らは森の中に入るも警戒する様子もない。所定の場所に進んだところでうさぎを放ち、尻を叩く。すると驚いたうさぎが江刺らの足を止める。
「おおお!うさぎか!ちっ、静まれ静まれ!どうどう」
飛び出てきたうさぎに驚いた馬をなだめていると、轟音が森に響く。
「ぬおお!な、何事だあ!」
江刺治部大輔は直撃しなかったものの、騎乗している馬にあたり、倒れたため地面に投げ出されるように倒れ込む。
「皆、無事か!?っ!し、重任!」
「ごふっ!ち、父上、て、敵襲でございましょうか……」
右胸から血がにじみ、咳に合わせて鮮紅が飛び散る。
「そ、そうだ!敵だ!しかし敵などこの父に任せれば良い。必ず生きて帰るからな」
「父上!あ、兄上!お気をしっかりしてください!」
再度轟音が響く。
「うぬぅ!重氏!其方は重任を頼む!」
「父上は!」
「重任の敵を討つ。其方は重任を連れて岩谷堂城に逃げよ!」
「し、しかし!」
「諄い!」
「っ!ぎょ、御意にございます。さ、兄上、ここは父上に任せて城に戻りましょう」
銃声が止んだところで重任を肩に担いだ重氏は一目散に走り出す。苦しそうな重任の声に足が止まりそうになるが、心を鬼にして駆けていく。
「重氏、江刺を頼むぞ」
そう言い、周りを見ればそこここに呻き声を上げる武将に足軽、そして馬たちが横たわっている。太刀を抜いた江刺治部大輔は大きく息を吸う。
「俺こそが江刺治部大輔隆見である!こそこそ隠れておらず、正々堂々と勝負致せぇ!」
その言葉に応じて宇夫方守儀が鉄砲を預け刀を抜く。
「敵ながら誠に天晴れ!俺は阿曽沼小初位下守親が末弟、宇夫方守儀だ!この場の大将をしている」
「ほぉう、阿曽沼めはこそこそ鼠のように隠れているだけかと思いきや、貴様はなかなかやるようだな」
「へっ、お褒めに預かり有り難いことだ。あんたにゃあ恨みは無いが、お家の為だ。死んでもらう!」
「抜かせぇ!」
太刀の重さを上手く使った斬撃を浴びせる江刺治部大輔隆見に対し、打刀でよけつつ隙を探る宇夫方守儀となっている。
「ふむ、なかなかやるな」
「そりゃどうも!」
武撃突(ブーツ)で土を蹴り上げ隆見の隙を作り、守儀が突きを放とうとするが隆見は太刀を横に薙いで近寄らせない。
「ふん、そんな小賢しい事をせねば勝てぬとな」
守儀が後ろに一飛びして距離を開けたところで銃声が鳴る。
「ぐふっ!卑怯な……!」
「へ、俺は神童の作る世を見るまで死ぬ気はないんでな。卑怯で上々よ」
「そ、そうか!貴様等の躍進は阿曽沼の嫡男……が!」
「ふふふ、おしゃべりはここまでだ。そろそろ痛みを止めてやろう」
江刺治部大輔隆見も討ち取られ、予定外ではあったがまた少し阿曽沼の勢力が広がることになる。
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