永正4年(1507年)

第二百四十二話 体操着があるといいね

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 今年は遠野では二学級に増え、そして土渕、大槌、小国で小学校が開校される。さらには成人でも学びたいというものが出てきており、まずは遠野に就学年齢の決まっていない諸民を対象とした諸民学校の建設を検討している。


「うん、教科書が足りない」


「そうね。小学校だけで手一杯ね」


 紙屋に人を遣って紙の製造を急ぎ、さらに上方に卸す分を削っているがまだ足りない。教えるものも足りないが、とりあえず坊主や神主らに助力を得てなんとかしよう。


「小学校はさらに今年、二年生から体育として行進訓練を始めようかと思っている」


「あーあれね」


「正直めんどくさいけど、連帯をもたせるのにあれは有用だからね」


 さらにあれ普通に軍事教練の一部だから兵にするとなっても、最初から教え込まなくていいから効率よく教練できるんだよね。ある程度出来るようになったら、走り込み


「ねぇ、運動会とかはやらないの?」


「運動会かぁ。いいね。今年から二クラスになるから紅白戦ができるな。競技は……」


 個人競技と団体競技を作るか。っとその前に体操着だな。


「そういや体操着はどうしよう」


「とりあえず汚れてもいい服にする?」


「できれば前世みたいに体操着があるといいんだが」


 あんまり差が出ると良くないので指定着にしたいんだよね。


「そうね。男の子は袴でいいとして、女の子は」


「弥太郎が小菊に着せてた女袴の裾を絞るような形でいいんじゃないか?」


「なんだか初期のブルマーみたいね」


 へぇ初期のブルマーね。となるとそのうちだんだんと丈が短くなっていくのかな。


「ねぇ若様、何想像したの?」


「いや、べつに何も……」


「本当に?」


 一体何を想像しろと。前世の俺の学校は昔から短パンだったので、ブルマだとコスプレあるいは陸上競技とかバレーボールとかのアスリート用という認識が強いんだよね。


「えー、若様つまんない」


「つまんなくていいんだよ。というか俺の思考を読まないで」


「声に出てたよ」


 ……気をつけよう。


 後は五年目以降だな。学費納付が必要な四年制の小学校高等科を作るのと、学費無料の初等師範学校作って教員の養成も始めよう。高等科では漢語を学ばせるのと、手工と家事を行う。男女別教室になるが内容は同じ予定だ。

 戦場では煮炊きに洗濯もできなけりゃ困るから男女ともに教えることにしたが、反発は意外となかった。戦場での煮炊きの重要性は皆認識してるからか、武将らも一通り家事できるのは当然といった反応で新鮮だったな。もちろんやってくれる人がいるなら助かるのは違いないようだけど。

 師範学校では教え方を学ぶというか研究してもらわなければ。一郎は教師だったから多少教え方を知ってるだろうけど、あいつは精密工作に夢中だから皆で考えて試行錯誤してもらうほうがいいだろう。なるべく体罰はしないよう言いつけて。

 

「でもまあ若様もよく学校作ろうなんて思いつくよね」


「そりゃ教育は国家の基礎だからね。教育無くして富国強兵はないよ」


「戦国時代への転生者で学校を作ろうって作品は見かけたこと無いよ?」


「もしかしたらあるかもしれないけどね。でも転生時期が遅かったり、場所が畿内に近いとなかなかしがらみが多くて難しいとおもう」


「ああ、ここが田舎でしがらみが少なく、かつ戦国時代の初期でまだ時間的余裕があるってのが大きいのね」


「そういうこと。さ、そしたら皆の話を聞きに行こうか」



鍋倉城小書院 阿曽沼孫四郎


「というわけで皆に集まってもらったわけだが、仕事の具合はどうかな」


「お、じゃあ俺からだな」


 なぜかしれっと参加している守儀叔父上からだ。


「神童殿のお陰でずいぶんと腑分けが進んできたぞ。今度腑分け図を作ろうと思う。そこでな腑分けの本の名をどうしようかと田代殿と話していたのだが、神童殿もなにかいい案が無いか」


 解剖学書か。となればあれだ、二百年くらい先取りすることになるけど許してもらおう。


「『解体新書』なんかはどうでしょうか。それと腑分けではなく『解剖学』と呼んでみるのはいかがでしょうか」


 紙に解體新書と解剖学と書き記す。


「ほぅ、體を解く新しい書に、解いて剖けるわける学問か。いいじゃねぇか。んじゃああとで田代殿に諮ってみる。ところでな鉄砲はもうちょっと当てやすくできねぇか?今のままじゃ三十間(約55m)も離れたら何処に飛んでくかもわからねぇんだ」


 ライフリング切ってないからしかたないけど、そんなに近距離でなければ当たらないのか。勿論当たれば大ダメージだけど戦列歩兵導入するかライフル銃作ってもらうか。


「なあ左近、もう少し当てやすい鉄砲は出来ないか?」


「んー出来なくはないでしょうが加工の出来る工具が必要になりますな。蒸気機関開発の合間に研究することになりますので今しばらくお待ち頂きたく」


「しゃあねぇ、今あるやつで当てられるよう訓練するしかねぇな」


 鉄砲の改良は追々だけどまずは工具が必要か。なかなか一足飛びにとは行かないね。


「では次に私から。蒸気機関はまずまず進んでおります。早ければ今年中にも試作機をお見せできるかもしれません」


「おおそうか!しかし怪我せぬようにな。其方が倒れては皆が困る」


「はは、肝に銘じます」


 ずいぶん早いな。ワトウとか言うものに作らせるのかと思ったが。これで蒸気式のロードローラーとかできれば道路整備がずいぶん早くなるんだろうな。んで蒸気自動車や蒸気船でスチームパンクな時代が来るわけだ。公害対策は今のうちから考えておいた方がいいだろう。


「じゃあ次私ね。この間作ったパンがうまくいったから、あのときに使った種を少し残してみたわ。これでいつでもパンが作れるようになるわよ」


「お、姫さんが神童殿に泣きながら作ったって食いもんは『ぱん』って言うのか」


 雪の顔が真っ赤になったぞ。まるで瞬間湯沸かし器みたいだなとおもったら何故か俺が睨まれた。解せぬ。


「なあ姫さんよ、その『ぱん』ってやつの作り方を教えてくれよ」


「え、あ、はい。もちろんです」


「よし!姫さんに負けねぇくらい旨い『ぱん』を作ってやるぜ」


 叔父上のパンなら旨いだろうな。でも雪がまた作ってくれないかなと思って眺めてたらついっと顔を背けられた。


「っと、それでは私からも」


「うむ、最近は忙しくさせて済まぬな」


「とんでもございません。人も増やして頂けましたので少し余裕が有ります故。それはそれと工部大輔殿の助言もあり新しい紙作りが進んでございます」


 木材パルプを使用した紙ではマツがどうやら適しているようだという。楮や三椏は皮を剥いで作るので手間がかかるのをパルプからになれば製造コスト下げられないかな。


「それは重畳。ところでもっとたくさん紙が必要になるのだが、一度にたくさん作るのは可能か?」


「人を増やせば出来ますが、若様のお求めは人手をなるべく割かないものですね」


「そうだ。紙作りだけに人を割くわけにいかぬ」


 抄紙機で連続製造出来ないかな。弥太郎がアドバイスするって言ってるからそういうのも出来てくるだろう。紙が大量生産出来たら次は印刷機だな。活版印刷とかインクとかも研究してもらわないと。


「陶工司はどうだ」


「は、煉瓦を作る窯の改良を考えていますが、薪ではなかなか難しいようです」


「炭ではどうか」


「炭ですとなんとか。ただかなりたくさん必要になります」


 むぅ、ここでも不足するか。


「十勝守に石の炭をたくさん持って帰ってもらう故、それで試してくれんか」


「石の炭、そんなものがあるのですか。承知致しました。それと混凝土ですが若様の仰るように焼いた後に土と水を混ぜてみましたところ、たしかに固まりましてございます」


 うまくいったか。量産出来るようになれば要塞構築が捗るな。


「うむ、大義だ。後ほど視察に行く」


「はは」


「十勝守にはそういうことで蝦夷の石の炭をできるだけたくさん持って帰ってほしい」


「承知しました。そこで二つお願いがございます」


「なんだ」


「一つは大槌からこの鍋倉までの道を整備していただきたいというもの、もう一つは小国殿には話ししておりますが、造船所を山田に作ることをお許しいただきたく」


 道は当然必要だし、造船所の拡張もまた必要なのだろう。


「なぜ山田に?」


 領内の発展につながるので悪い話ではないが。


「はい。山田は湾の形がよく波が静かですので、船を作るに適した場所でございます故。それと大槌は湊で手一杯になりそうですので造船は他に回したく存じます」


「そういうことなら問題ない」


 両石では平地が狭すぎて工場が作れないということもあり山田に作る話になったのなら言うことはない。


「ねぇ若様、一旦休憩しない?私疲れたわ」


 時計を見ると正午を指している。


「む、そうか。では一旦休憩して軽く飯でも食うか」


 まだ一般的ではないけど昼食としよう。

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