第二百三十八話 葛屋は堺に行っていました

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「それで相去はこちらに降りると」


「はい。ほかに煤孫、鬼柳から内応の返事がきております」


「以前に沢内太田からもこちらに降りる旨はきておったな」


「はい。他に江釣子は静観を決め込むようです」


「となると和賀側は概ねこちらに付いたか」


「殿はお帰りではありませんが、兵を挙げますか?」


「いや家督を継いでない身でそれは分が過ぎる。父上が戻られたら提案しよう」


「御意」


「それで稗貫だが、根子らの処理にかまけている隙に亀ヶ森と大迫が独立したと」


 左近の情報によると稗貫氏の庶流であった亀ヶ森は以前から独立を志向していたようだ。なんでも伊達に乗っ取られることに反発を覚えていたがこれまでその機がなかったと。


「亀ヶ森は稗貫に攻められなかったのか?」


「葛坂という谷で待ち構えられていたため攻めきれなかったようです」


 なるほど天然の要害があったということか。


「しかしあそこは斯波への牽制として欲しい土地」


「しからばすでに配下を入れております」


「本当に頼りになるな」


「有り難きお言葉。では」


 亀ヶ森の米を葛屋に買いに行かせるか。少し高めに買ってやればそれなりに集まるだろう。



高水寺城 斯波孫三郞


「それでは亀ヶ森は稗貫から離反したと」


「は。今は何処にも従属するつもりはないようでございます」


「そうか。ではこちらに挨拶に来させようか」


「待ちなさい孫三郞」


「母上、如何なされました」


「そなたそれでも誉れある足利の一門か!あんな山猿にこちらから文をやるなぞ」


 母上は一体何を言っている。今はそんなことが出来る状況ではないだろう。


「母上、あの地は阿曽沼攻めになくてはならない地でございます」


「だからといって我らが下手に出るなど」


「それで父上の敵が取れるのであれば安いものでございます」


 母上がこちらをキッとにらんでくるが俺は別に間違ったことを言っているわけではない。


「……わかりました。孫三郞、上手くやるのですよ」


「はい」


 母上はまだ納得出来ていないようだがとりあえず矛を収めてくれた。


「一体母上は何をお考えか……」


「大殿が亡くなられてからの心労あってかと……」


「そうだな。ここで上手く阿曽沼を落とせば母上も溜飲を下げるだろう。阿曽沼が亀ヶ森に手を伸ばす前にこちらが亀ヶ森を手に入れる!墨を持て!岩清水右京、其方に交渉役を任す。よろしく頼むぞ」


「ははぁ」



堺 葛屋


 ずいぶん久しぶりに堺まで来た気がします。今日は遠野の紙と油を買ってくれる商人を探しにきました。まずはあてのなじみの店からや。


「はあ遠野商会……?陸奥の田舎からわざわざ堺まで来はったんですか」


「まあ儂は元々京で商いしてました葛屋です。店を焼かれてしまいまして、それまで懇意にしてました遠野で再起を図ったんですわ」


 番頭らしい男に声をかけるがいぶかしんでばかりや。


「左様ですか。で此度は何の御用でいらしたのでしょうか」


「これを買ってもらいたいのです」


 紙と油を行李から取り出す。


「ほお、なかなかの紙ですな。それに油……主を呼んで参りますので少々お待ちを」


 しばらくするとドタドタとやかましい音を立てて店主が顔を出してくる。


「おお!葛屋殿ではないか!息災であったかぁ。其方の店が焼かれたと聞いてたからなぁ」


「能登屋はん、おかげさんで無事でございます」


「せやせやこんなところで立ち話はあかん。こっちに来なはれ」


 能登屋宗瑞はんに連れられて庭にでると、茶室のある庵へと案内される。


「ささ、大したものは出せへんけどまずはいっぱい召し上がってくだされ」

 

 久しぶりの茶の湯で人心地がつきました。


「いやあそれにしても何年ぶりだ」


「もう忘れてまいましたな」


「おまいさんもここで残って修行しとったらそないに苦労せんでよかったやろ」


「お心遣いに感謝致しますが、おかげさんで遠野っちゅう打ち出の小槌を手に入れましたさかい」


 打ち出の小槌という言葉に反応したのか能登屋はんの目が光る。


「陸奥の田舎でそんなに?」


「はは。まあそうですな米はやっぱりこっちほど穫れまへんがそれでもだいぶ増えましたし、こんな物も作ってます」


 そう言って行李から取り出すのは紙と油、そして一粒金丹や。


「これは……これを遠野で?」


「そうです。紙は座がうるさいのであまりたくさん卸せませんけど、油は荏胡麻やあらしまへんんでな。それとこれは一粒金丹っちゅう天竺の薬です」


「ではなんの油なのですか?魚油の様な匂いもあらしません」


「ふふふそれは明かせませぬ。まねをされては商売あがったりですので」


「むぅ。それとこの一粒金丹とは」


「いやそれはあてにもようわからしません。ただ滋養によく、労咳の物に飲ませれば咳を止め、閨で使えば一晩は活力の続く代物でございます」


 この能登屋はんであかんかったらどないしよか。


「なんと……くぅ、しゃあないですな。昔なじみやし、ここで逃したらあかんと儂の勘がいうてますからな」


「おお!えらいすんまへんなあ。能登屋はんならそう言ってくらはるおもてましてん。ほんま持つべきもんは友人やで」


「はぁ、ほんま調子のええことばっかようゆうわ。とりあえず紙と油は受けましょ。ただこの一粒金丹言うのはちょっと待ってくれへんか」


「もちろん。何なら能登屋はんが使って見はるか」


「……せ、せやな。まあまだ儂には必要のないものやけど、そんだけ言うなら試しに使てみよか」


 次の日同じ時間に行ってみたらえらい喜んで証文つくってくれたわ。なんでも奥方だけでは受けきれず妾たちもまとめて相手させたとかなんとか。その奥方等はまだ疲れて寝とるらしいからほんまによう効くんやなあ。こんどあても使わせてもらいましょ。

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