第二百三十七話 ピザパーティー

新平館(にっぺいだて) 和賀小四郎定久


「今年は米が取れぬと」


「はい。夏頃に野火があり多くの田が燃えてしまいました」


 新平館の評定の間では今年の米の予測が明らかにされたが、半分程度の田畑が野火で燃えてしまい収穫が期待できない。


「であればやむを得ん、奪いに行くか」


「奪おうにも稗貫も野火があり……江刺に向かえば葛西が出てきます」


「何を言っておる。二子城があるではないか」


「し、しかし阿曽沼は得体の知れぬ武器を使います。足軽たちが怯えて攻めるなど」


「ではどうするというのだ?」


 阿曽沼攻めを怯えているのは足軽だけではなく、和賀配下の将のなかにも二子城の近くで行われた大砲と炮烙玉をつかった演習を遠巻きに見た者は阿曽沼に敵対することを嫌がっている。



「ここは借米するのがよろしいかと」


「しかしかなり米を借りておるだろう」


 一方が戦をして奪うことを提唱、もう一方が借米を提案するが、借米が嵩んできていることを鑑みて待ったがかかる。

 ただでさえ不作になりやすく度々借米しているところに、毎年のように戦をしているため借米の証書だけがどんどん蔵に積み上がっていく。しかも阿曽沼に敗れて領地が狭くなったので今年は返済の催促が来ており、返済が無いならこれ以上の借米は出すのは難しいと言われている。


「そんなもの脅して出させれば良いでしょう」


「轟木殿、そんなことしては商人が寄り付かなくなりますぞ」


「何を言うか相去。商人ごときに頭を垂れるなど恥と知れ」


「ええいやかましい。とにかく戦で奪えれば良いのだ。そのために商人に頭を下げるくらいどうということは無かろう」


「しかし殿!それでは威厳が……」


「そんなものは後でどうとでもなる。良いか轟木兵庫、まずは食えねばならぬ。そのうえで良い武士とは勝てる武士のことぞ。そのために一時の恥なぞ気にするものではない」



相去城 相去安芸守久広


「全く、轟木の猪武者め」


 新平館から帰った相去久広がため息を付きながら館に入る。


「お前様、何かあったのですか?」


「いや今年は実入りが悪くてな、このままでは飢えてしまうのでどうするかとな」


「それでどうなさるのです?」


「殿や轟木などは戦をする気だな」


「お言葉ですが当家には戦をする余裕は……」


 この時代は城主が戦で居なくなることが度々あり、その間の差配は城主の妻が取り仕切ることがままあった。そのため収支もよくわかっている。


「うむ。そのことも申し上げたがな」


 ため息を付きながら相去安芸守がいう。


「そうですか……」


「このままでは我らは飢えるか、いや一揆で追い出されかねん」


 頭をよぎるのは加賀一向一揆のように百姓に追い出される。それならましだが家族が乱暴されて殺されるかもしれないということに思いが巡る。


「お前様……」


 とそのときポトッと何かが落ちる音がする。


「これは……」


「臣従するなら飯をやる、阿曽沼孫四郎……お前様!」

 

「確か遠野の怪童か。和賀は落ち目、大崎も葛西も斯波も落ち目、伊達は気に食わん。ならば阿曽沼に降りるのも悪くない、か。であれば返事を書かねばな。墨を取ってくれ」



遠野先端技術研究所 阿曽沼孫四郎


 どうも阿曽沼孫四郎です。ガラスの大量製造はまだまだ夢物語だとわかって落ち込んでいます。早速海水というか塩と硫黄と石灰石に炭を軟鉄の容器に入れて燃やして見たけど苛性ソーダにはならなかった。 


「まあ工学とか化学は弥太郎たちに任せたほうがいいかな」


「そうしてください。若様の仕事は政治と軍事ですんで」


 俺の言葉に弥太郎がやれやれという表情で答える。


「そうよ!美味しいものは私が作ってあげるからね!」


「それは楽しみだな。こないだのパンも美味かったし、期待しているよ」


「ふん、せいぜいよだれを垂らして待っていることね」


 パンを作るなら石窯が欲しいな。


「ああ石窯ならできましたよ」


「おお!ならあれやろうぜ」


「なんですか?」


「ピザパーティー」


 ということで母上や城の主な武将とその妻らを集めてピザパーティーだ。


「孫四郎や、この変わったかまどでいったい何をつくるのじゃ?」


「南蛮の食べ物であるピザというものです」


「ぴざ?それはどういう食べ物なのですか?」


「小麦の粉を捏ねてその上に具を載せて、この石窯で焼いて作る食べ物です」


 ということで予めこねておいたピザ生地にベーコンと里芋のスライスを載せ、チーズは無いのでそのままに、油を引いた鉄板に乗せて石窯に入れる。するとものの数分でしっかり焼けたピザが出来上がる。


「まあずいぶん美味しそうな匂い」


「小麦でつくるんか」


 大宮様は粒食しにくい小麦にこのような食べ方があるのかと感心しきりだ。


「この間雪がつくっていた、ぱんっていうのともすこしちがうのかしら」


「あれはもっときつね色で香ばしい匂いでしたね」


「なに?雪そなたその、ぱんとやらはどうしたのだ。父は食べておらぬぞ」


「私も食べさせてもらえなかったの。泣きながら…「わーーーー!」…」


 突然雪が顔を真赤にして叫びだす。どうしたのかと見てみればお春さんの口を塞いでいる。そしてなぜか恍惚な表情を見せる下女が居る。


「なにをさわいでるんだ。そうだな。最初のこの一枚は清之に食ってもらおう」


 清之に焼きたてのピザを渡そうとすると困ったような顔をする。


「あの、爺でよいのですか?」


「なにを言っている清之、貴様にはずっと世話になっているのだ。これくらいでは返せぬほどにな」


「うう!この清之、お仕えしてこれほど嬉しいことはございません!」


 おおげさな……たかがピザ一枚だぞ。泣きながら小刀でピザを切り、箸で食べる。なんかピザなのに不思議な感じがする。


「さ、続いて母上もどうぞ」


 そして順番に手渡していく。まさか自分も手渡しされると思っていなかった者たちもなにか嬉しそうにしている。これくらいで喜んでくれるなら安いもんだ。


「おお!若様美味でございます!」


「本当に。けっこうさくさくして美味しいわね」


「うむ。これは上手いな神童殿は異国の飯まで教えてもらえるのだな。また何か神様に教えてもらったら俺にも作り方を教えてくれよ」


「勿論です守儀叔父上。また何か神意を得たらお伝え致します」


 俺の言葉に満足したように守儀叔父上がうなずく。その奥では守綱叔父上が一心にピザを頬張っている。


「むうこれは旨いな。特に大蒜をたくさん入れたものは滋味にあふれておる」


 うっ、息がくさい。しばらく近くに行かないようにしなければ。 


「不思議な食べ物やな。いや旨いのは違いない。これはまた四条様や春宮様に叱られてまいますわ」


 四条様はともかく春宮様?なぜそこででてくるのだろう。


「大宮様、なぜ春宮様が?」


「ああ童殿には言っておらなんだか。こないだ京に行ったらお呼ばれしましてな。そこでここの食事を話したらえらい気にされておりましてな」


「まさか肉を…?」


「流石に肉は献上できません。あての首が飛んでしまいます。せやけどえらい食べてみたそうなお顔をなさってはってな、次に上洛するときには肉を持ってくるように仰りはったわ。流石にお断りしましたが」


 なんと肉食を求められるとは。この時代の帝も実は肉が好きだったのかな。よくわからないけどいつか謁見してみたいものだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る