第二百三十五話 ゼンマイ時計ができました

寺池城 葛西晴信


「父上ご容態はいかがでしょうか」


「うむ、田代三喜殿の手腕と孫婿殿のくれたこの一粒金丹のお陰でずいぶんと調子が良くなったわ。まだおいそれと死ぬわけには行かぬようじゃ」


 そういうものの体を起こすのがやっとで立ち上がろうにも足に力が入らず、あれほど立派だった足腰は見る影もなくやせ細ってしまった。とはいえやせ衰えて命が尽きようとしていたところから座って短時間の会話をするくらいなら可能になったことに政信はもちろん、晴重も喜んだ。


「まもなく上洛していた阿曽沼守親殿が帰ってくるようです」


「おおそうか。であればこの礼を致さねばならんな」


「はい」


「ところで先の武蔵守(葛西宗清)との戦はどうであった」


「伊達の援軍を受けておるようで石巻城を落とすのは叶いませんでした」


「そうか」


 暴れ川である北上川の河口近くに位置する石巻城は北上川の河川交通と海運の結節点でもある。そんな戦略的立地に葛西太守を巡って度々戦になっている。年々大崎氏の権勢が衰えて来たためより顕著になってきている。先の戦いも概ね引き分けと言った感じでうやむやのまま休戦となっている。


「そして江刺弾正も宗清から嗣子をもらうという話が聞こえておる。いよいよ伊達が我らを飲み込まんと画策しておるようじゃ」


「何の!武蔵守も弾正もこの私が倒してご覧に入れましょう!」


「その心意気は良い。しかし南北を伊達に挟まれてはなかなかそうもいかん」


「ではどうするというのです」


「そこで孫婿が出てくるのだ。未だ小身ではあるものの鉄砲や大砲なる未知なる武具で斯波の大軍を破り、和賀の土地を幾ばくか奪っておる」


「しかし婿はまだ童。この阿曽沼の躍進は左馬頭(守親)の功績ではないのでしょうか」


 そこで政信は大きくため息をつく。


「婚儀で会った時に思うたが左馬頭は、あれは我らと変わりない。とてもあの画期的な城を作ったり鉄砲を作ったり、一粒金丹などという天竺の薬を作ることが出来るようなものではない。おそらくは孫婿こそが阿曽沼の躍進の源であろう」


「まさか……」


「よく考えてみろ、左馬頭が躍進の源であると言うならば、なぜこの数年になるまで遠野のような田舎で燻っておったのか」


「そ、それは米が取れぬ故では」


「それならば三戸や八戸もそう変わらんだろう」


「確かに……ではやはり」


「そう考えたほうが自然であろうな」


 葛西晴信は未だ信じられないと思うが、しかし考えてみれば確かに神童とか呼ばれる孫四郎が出てきてから阿曽沼が大きくなってきたことを考えればその可能性も排除できないと思い至る。


「であれば他家も手をこまねいておらぬかと」


「祝言に伊達が使いを送っておっただろう」


「なっ!もしや」


「そこまで考えておったかはわからんがな」


「わかりました。なにがしかあれば婿殿に援軍を頼んでみます」


(その際には我ら葛西が阿曽沼の軍門に下ることもあるかもしれんがな)


 冷や汗をかく晴信を見ながら葛西太守政信は栄枯盛衰を感じるのであった。



遠野先端技術研究所


「で、石窯がほしいと」 


「そうだ。雪はダッチオーブンで作ってくれたが、それではたくさんは作れん。それに石窯があればピザも焼けるようになるだろう?」


「確かにパンはそろそろ恋しいですな。それにチーズやトマトソースがありませんが、そこはいずれ若様か雪様がどうにかしてくださるでしょう。石窯の構造自体は単純ですので耐火煉瓦を幾らか融通していただければ作りましょう」


「頼む。それでどうして三千代がここにいるのだ?確か橋野にいたはずだが」


 製鉄所の手伝いをしていたはずだがいつの間にこちらに来たのか。


「私だけでは研究が追いつきませんので、三千代に手伝ってもらおうと引っ張ってきたのです」


「いやあ漁のことしかわからないのに研究の手伝いとかワクワクしております」


 大丈夫か心配になるけど、本人はやる気に満ち溢れているのでここで水を指すのも良くないか。


「そういえば三千代はなんでこの時代にきたんだ?」


「あーそういえば、お話することになっておりましたね。死んだのはすでに若様にはお話したように漁の最中に土左衛門になったからです。そこで転生先を戦国時代の日本とお願いしたらアイヌのこのサンチョってやつの体に転生したってところです」


 得守と同じ転生様式か。しかしアイヌに転生は寒いし大変そうだ。


「アイヌでしたんで自分の知識を活用しようにも、長老の指示が絶対でしたのでできず悶々としていたところ、得守様が来られたので誰も行きたがらない遠野行きに希望したってところです」


「なるほど事情はよくわかった。とはいえ我らも余裕があるわけではないし、いつ攻め滅ぼされるかもわからぬ弱小武家だ」


「何を仰るのですか、鉄砲があるじゃないですか」


「鉄砲があっても、五十丁にも満たん。それに前世のように連発出来るわけでもないし弾も少ない。たしかに戦の様式を変えたものではあるけども圧倒的なほどではないし、おそらく徐々に漏れていくだろう」


 そういまはまだ漏洩を防げているがそれも時間の問題だ。伊達からの間者はすでに送り込まれ高炉を見られたので保安局が始末したと知らせを受けている。いずれ鉄砲を装備しだす大名が出てくるだろう。今一番その可能性が高いのは斯波、ついで鳥撃ち銃ということまでつかんだという伊達だ。


「ではどうなさるので?」


「武器だけで勝負が決まるものではない。人口の差を産められるだけの技術力と生産力、要は近代国家としての国力を持てば良いわけだ」


「よくわかりませんが、それで高炉を作ったんですね」


「鉄は国家の柱だからな。それだけでも駄目だけど、ここは都合よく釜石の鉄が使えるのも良いし銅も採れる」


「でも石炭がないですよね」


「だから北海道に行ったんだ」


「なるほど……確かにこの時代では米の穫れない北海道は無価値に近いのになんでかなと思ったらそういうことですか」


 豊かな鉱物資源だけでなく、広い農地が欲しかったのも事実だし、鮭や昆布などの豊富な魚介類が欲しいのも本音だけど。


「若様、この三千代にはコークス炉か銅製錬の研究をやらせようと思いますがよろしいですか?」


「構わんが其方はどうするのだ?」


「私は蒸気機関に専念したいのです。丁度蝦夷から丁稚が三人も来ましたので教えながら開発していこうと思います」


 奥をみるとすでに色々触っているようだ。色々危険な物も多そうなので、怪我をしなければいいのだが。


「おい、お前等、そこは危険だから勝手に触るなと言ったろう!学校の宿題は終わったのか!ほれ書き取りがどれくらい出来るようになったか見てやる!」


 書き取り帳を見ながら三人に読み書きを教え始める。


「まるで兄弟のようだな」


「ふふ、そうですね。新しい弟ができたような感じです」


 小菊も賑やかになった研究所に自然と表情がほころぶ。


「そういえば一郎は?」


 思い出したかのように小菊が一郎を呼びに行くと一郎が箱を持って飛んできた。


「おお、そんなに急いでどうした」


「若様!ついにゼンマイ時計ができました!」

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