第二百三十三話 弥太郎の祝言

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「それでその子らが学びたいとこちらに来たのか」


 得守の後ろには三人の子供が座っている。あぐらはかけないようで立膝になっているが気にしても仕方がない。


「でスチブンとワトウとキユニだったか」


「「「ハイ!」」」


「元気そうで何より。わかったこちらで学べ」


「ヤッタ!」


 これは早めに浦幌にも学校を作ったほうが良いかもしれんな。それと弥太郎に紹介するべく久しぶりに先端技術研究所に向かう。


「邪魔するぞ」


「邪魔するなら帰ってー」


「あいよーってなんでやねん!」


「お付き合いいただきありがとうございます。ところでわざわざお越しになるとはどうなさいました。それに後ろの童たちは?」


 これまでの経緯を話しする。


「なるほど蒸気機関に興味を持ってわざわざ蝦夷から来たと……ではこちらにどうぞ」


 奥に案内されると下の台から二本の鉄の棒で支えられ、さらに二本の鈎状の鉄の管の付いた鉄の玉が鎮座している。


「この鉄の玉を蒸気で動かしてみせましょう」


「工部大輔、この鉄の玉が湯気ごときで動くと?」


「結構重いですぞ」


 清之や守儀叔父上なんかは鉄の玉を触って重さを確認している。

 水を下の容器にいれて蓋をして火にかける。しばらくすると管から湯気が立ち上りはじめ、ゆっくりと鉄の玉が回転を始める。


「オオー!」


「どうなってるんだ……」


「工部大輔殿は鬼道をつかうのか?」


「これは鬼道ではありません。湯気になると空に立ち上るというものを応用したものでございます」


「全くわからんがとりあえず湯気を使うと鉄の玉も動かせるということだな」


「そのとおりでございます。そしてこれは水車の代わりにもなるものです」


 子供たちは話半分に鉄球を興味津々に眺めている。


「コレ、ドウヤッテツカウ?」


「この形ではなかなか難しいな。というわけでこっちの新しい機械を用意した」


 そこで出てくるのは鉄の棒に鉄の羽を生やしたもの。もしかしてタービンかな。


「こいつに湯気を当てると……」


 結構な勢いでタービンが回り始めた。


「オオオオオ!」


 子供たちは興奮しまくっている。俺も興奮している。清之と守儀叔父上はどういうことだかよくわからないという顔だ。


「こうすると回転する力として取り出すことができます」


「すごいな。これはすぐに使えるか?」


「残念ながら軸受けがすぐに焼き切れてしまいます」


 ベアリングが問題になるか。コレは一朝一夕でどうにかなるものではないな。汎用性は高いから将来的にぜひ実現したいけど。


「違う使い方はないのか」

 

 レシプロエンジンができればそれでいいのだが。以前時計を見に来たときに、蒸気機関の罐が吹っ飛ばしていたな。


「そちらは研究を進めておりますのでいずれお見せいたします。その過程で汲み上げ機を作りましたのでどうぞこちらへ」


 と言って案内されたのは庭、それもポンプ井戸のようだ。


「コレナニ?」


「水を汲み上げる道具だ。井戸ポンプという」


「おいおい工部大輔、釣瓶もないのにこれで水を汲み上げられるわけがあるか」


 守儀叔父上が呆れたように言う。


「はははではご覧ください。最初にこの水を入れて」


 呼び水を入れて何回か取手を押し下げると口から水が流れ出る。


「おお!本当に水が出た。これはこの道具を据え付ければ水が出るのか?」


「いえいえ守儀様、これはまず井戸を掘らねばなりませぬ。あくまでこれは水を汲み上げる道具に過ぎませんので水のないとこでいくらやっても水は出ません」


 なんか叔父上は蛇口をつければ水が出ると思っているようだが、もちろん無から水が取り出せるわけではないのでまず井戸を掘らねばならない。


「それでそこの童ども、ここの丁稚にするのは構わんがまず読み書き計算が出来るようになれ」


「「「ハイ!」」」


 三人の元気な声が上がる。ということで来年には学校に入れることとなった。



「それで何故私が城に連れてこられたのでしょうか?」


 弥太郎と小菊が小書院につれてこられる。


「そなたらな、祝言を挙げろ」


 弥太郎はあんぐりと、小菊は喜色満面といった具合だ。


「いやしかし、わか……」


「命令だ」


「ぐっ……承知いたしました」


「弥太郎、貴様の研究は大事なものだがすでに十八となったのだから嫁を取れ」


「し、しかし小菊がよいとい「全く問題ございません!子も作れるようになりました!」……」


 被せるような小菊の勢いに弥太郎は圧倒され閉口する。まあ小菊は数えで十一歳なので子を成すというのは実際には無理だろうが弥太郎はすでに十八。嫁をもらっていなければならないような歳である。


「そ、そういうことなので祝言を挙げよ」


「は、承知しました」


「わあ!小菊、良かったわね!」


「はい!」


 後日祝言が執り行われる。弥太郎は今生の親をすでに亡くしており、小菊も父親を亡くしており盃を交わすていどの簡素な祝言であったが小菊の母親は飛んで喜んでいた。なお弟の一郎はまるで興味がないという表情をしていた。



 さて狼小屋に来るとハチとブチが尻尾フリフリこちらに飛びかかってくる。すっかり成獣になったわけだが体長は三尺三寸(約一m)と狼としては小さく、どちらかというと犬と言う感じだ。そしてブチは雌だったようで先日子狼をたくさん生んでいた。


「数が増えるのはいいな。ある程度増えたら保安局で使わせよう」


「若様、狗をつかうのですか?」


「左近聞いていたか。そうだ人には感じぬ音や匂いがわかる。それを上手く使えば領内に潜り込んだ忍びらをより効率よく探すことができるだろう。それに人より速く走ることができるので緊急時の伝令に使える」


「なるほど。実際に使えるかは存じませぬが、まあ若様の仰ることなのでやってみますか」


「時間が掛かってもよいからな。頼むぞ」

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