第二百三十二話 膃肭臍は精力剤だったそうです

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「そうか、一隻失ったか」


「面目ございません」


「いや、それはよい。危険な海を行くのだからそれくらいはあるだろう」


 前世でも座礁事故は時々起きてたんだからこの時代の船と未熟な航海術ではやむを得ない。むしろ今までよく事故がなかったものだと感心する。


「供養はしたのか?」


「は。向こうで簡単なものは済ませてまいりました」


「そうか。改めて亡くなった者の供養を大槌で行う。日取りは改めて通達する」


 この蝦夷行きは俺の指示でもあるから、俺が供養することも必要であろう。それとそろそろ靖国社みたいなものも作ろう。ここに来れば死んだものに会えるそう思えるような社を。


「それで庭につんであるのがその交易品か」


「はい。鮭に鰊に干し牡蠣、ラッコの皮、それと若様ご所望の膃肭臍の陰茎に石炭でございます」


 あ、膃肭臍もらってきたのね。これで一粒金丹はより価値があがる。


「ねえ若様、膃肭臍のい、い……うぅ」


「い?なんだ?何が言いたいんだ?雪さんや」


「もう!若様のいけず!」


 顔を紅色に染めて雪がそっぽ向く。そういえばいけずって関西弁のような。こっちでは聞かないから前世であっちの育ちだったのかな。


「ははは。史実の一粒金丹でも膃肭臍の陰茎を入れていたそうだ。精力剤として良いと言われていたらしい」


 実際のところはプラセボなんだろうけどそういうことを言っておけば、精神面で精力亢進するのだろう。あとで三喜殿に効能書を書かせておこう。


「それと石炭か」


「はい二俵ですが試しに採ってまいりました」


「ありがたい。あまり多くては自然発火との戦いになるから今はこれくらいでいい」


「え、石炭って勝手に燃えるの?」


「産地にもよるけど管理が悪いと燃えるんだわ。熱量でも管理の面でも使い勝手の良い石油に取って代わられるってわけさ」


 それでも日本の産業革命とその後の経済発展を支えるだけの石炭があったのが日本に取っての幸運だったんだろうな。とそれは置いておいてこの釧路の石炭がコークスとして優良かはわからない。コークスにならなくても暖房用や製塩用、蒸気機関の燃料用など使い道はあるからはげ山化を幾らかは防げるんじゃないかな。


「じゃあ試しに燃やしてみるか」


 折角なので母上や主な将達に弥太郎などを呼んで庭で石炭を燃やしてみる。


「この石が燃えるのか?」


「はい母上。これは石の炭で普通の炭より良く燃えます」


 比較のために木炭も燃やすがあまり差はわからない。


「どっちも熱いわね」


「そうですね」


 熱さを感じるだけでは熱いだけなので、水をなみなみと入れた大鍋を用意させる。すると石炭で温める鍋が早く沸いてくる。


「ふうん、結構違うわね」


「まあ薪の代わりにはなりますので山を気にせずに済むかと。弥太郎、こいつを骸炭に出来るか?」


「んーわかりませぬ。まあやってみます」


「頼んだ」


「これ孫四郎、骸炭とはなんなのです?」


「この石の炭を蒸し焼きにすると得られるものです。明ではそれを使って鉄を作っているそうです」


 まずはコークスを作るための炉の建設からだな。やれやれまた工事だ。



京 阿曽沼守親


「いやはや漸く解放されたわ」


「殿、お疲れ様でございます」


「うむ。しかし最初の挨拶では殺されるかと思ったぞ」


「四条様の文がなければ、我ら諸共そうなっていたかもしれませぬな」


「しかし大樹は斯波に攻められて打ち勝ったことをむしろお褒めいただけたのは意外でしたな」


「武家の棟梁であるからな。なんであれ武家である以上戦で勝った者が良い武家、良い武士なのだということであろう」


 もしかしたら馬二十頭と砂金十両を大樹に献上したのが良かったのか、それとも四条様に砂金十両に干鮭と昆布とを献上したのが効いたのか、はたまた東国の弱小武家のまぐれと思われたかは分からないがとりあえず無事陸奥に帰ることができそうである。


「そろそろ帰国しなければなりませぬな」


「うむ、四条様にもすっかり世話になってしまった」


「はは。持参した燻製肉はすっかりお気に入りのようでしたね」


「うむ。あれだけ旨そうに食っていただけるなら贈ったかいがあるというものよ」


 四条邸に到着し、借りている部屋に戻る。


「おお、守親殿もどらはったか。どうやった」


「は、お陰様で大樹からはお褒めいただけました」


「そうかそうかほならええこっちゃ」


「しかしなぜ我らにこうも手を貸していただけるのでしょう」


 ふと今まで不思議に思っていた疑問が口に出る。しまったと思ったが後の祭りだ。


「ほほほ、なにお前さんの嫡男が気に入ったんや」


「もったいなきお言葉」


 そんなことでこうも肩入れするのか。いくら同族の流れとはいえすでに赤の他人も同然な遠縁でしかないのに。


「こんな美味いものを作るのがおらんくなったらあては困ってまうさかい」


 それは本心のように思うが、それだけではないだろう。まあこうも良くしてくれているのだから有り難く思うにとどめておこう。


「ほほほ、其方らの持ってきた献上品のお陰さんでこの邸も御所も少し直せましたからな。そうそう、明日御所に行くさかい支度しといておじゃれ」


 突然のことに目の前が真っ暗になった。



 あまりの興奮に一睡もできなかった。


「これ阿曽沼はん、そんなに目をはらして眠れんかったんか。ほんにしゃあないのう」


「面目ございません」


「ほほほ。まあそのほうが愛嬌があってええわ。ほないくで」


 というわけで四条様に連れられて御所にまで来たわけだが、当然無位無冠の儂が昇殿することは許されず、いまは諸大夫の間で少し待たされていると足音がしてくる。襖が開けられるとともに平伏する。


「阿曽沼殿またせたの、面を上げておじゃれ」


「こやつが阿曽沼か」


 四条様の左には見知らぬ公卿が座っておられる。


「四条様、その御方は」


「こちらは先の太政大臣の一条はんです。其方らのことを話ししましたら随分興味持たれてな。こうしてついて来られたわけです」


「四条はんからはなしは聞いとります。ほんに田舎からよう来はった。東国の珍しい物や金など主上も殊の外お喜びであらしゃいました。そんな忠義のものを無位で返すわけにはいかしません。少初位下(しょうしょいのげ)を帝より預かってきてます。これからも帝のためにようしておじゃれ」


 少初位下、一番下の官位だが紛れもなく公式の官位。儂のような田舎者にはこれでも過ぎたる褒美だ。


「ほほほ、そこまで感動してもらえるなら官位をやってよかったわ。これからも


「は、は、ははぁ!阿曽沼は帝のために粉骨砕身する所存でございまする!」

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