第二百三十二話 得守の蝦夷探検 参

モシリヤ(釧路)近くの川岸 大槌十勝守得守


「いやひどい目にあったな」


「はい、次は同じ失敗をせぬよう気をつけねばなりませんな」


 全くだ。事故のたびに人を失うわけにはいかん。


「春雄は今回も帰らぬか」


「はい、某はこの地に骨を埋める覚悟で来ております故」


 上陸し集落に近づくと年若い女が春雄に駆け寄る。


「なるほど、そういうことか」


「はい、そういうことでございます。それにすでにお聞き及びかもしれませぬが、若様よりこの地の習いや情勢なども集めるように言われております故」


 そういえば此奴は保安局のものであったな。すでに幾人か我らの言葉を習得しておるし、筋が良いのだろう。


「これから少しずつ遠野から人をつれてくるから、この地の者と諍いせぬよう慎重に指導してやってくれ」


「御意」


 一日ゆっくりしたところで石炭を取りに行く。春採湖の東側の海岸に沿って黒い地層が走っている。


「これが燃える土か?」


「ここのは土というより石ですな」


 春雄が石炭を拾いながら答える。


「との、これもえる?」


「うむ、若様が言うにはこの石が燃えるそうだ。試しに火をつけてみよう」


 いうや春雄が懐より火打ち石を取り出し、火を着ける。しかし火は着かない。仕方ないので他で焚き火をして放り込むと漸く燃えてくる。ひとたび火が付くとなかなか確りと燃える。


「よく燃えるな」


「ほんとにいしがもえてる」


 本当によく燃える。それによく聞く硫黄臭のようなものもない。この石炭がコークスに適しているかはしらないが、何人かを船にやり空の俵を持ってこさせる。とりあえず落ちている石炭を拾って詰めてやれば二俵分になったのでこのあたりにする。


 荷を積み水を積み出港準備が整う。相変わらず霧がよく出るので気をつけて航海しなければならない。


「お頭、お願いがあります」


「鱒介かどうした」


「へえ、先の難破した船には弟が乗っておりまして、あいつを一人この地に置いていくのは忍びないのでここに残って弔ってやろうかと思いまして」


 そうか弟がいたのか。


「わかった。帰ったら両親にも伝えておこう」


「へい、ありがとうごぜえやす。ただ、両親はずっと前に死にましたんで居りませぬ。妹が甲子に嫁いでおりますので妹にはお伝えいただければ幸いでごぜぇやす」


「その程度なら安いものだ。ついでで悪いが先程の石の炭を切り出しておいてくれんか」


「へい、承知いたしました」


 鱒介に続いて鵜住居の乗員など十名が船を降り、この地に入植することを決めた。嫌がられたが先任である春雄を長に任命し、入植者の管理とこの周辺の探索を命じモシリヤを後にする。


 おおよそ二ヶ月ぶりに別茶路に戻るとまた宴になった。鯛三らにクシロやアッケシ、ネムロのことを話せばとても興味深そうに聞いてくる。鯛三は鯛三でこの周辺の探索を行い、もう少し西に行ったところに海とつながったチオプシイという沼があるのでそちらを湊にしたほうが良いかとおもったが深さを調べるとせいぜい一間(1.8m)ほどでそのままでは湊になりそうもないとか、十勝川を遡上してみれば川はグネグネと蛇のように曲がりくねり、この土地の者に聞けばよく溢れてそのたびに流れが変わるという。その中でオペレペレケプという川が合流する前後が特に多くの川が流れ込み、交通の拠点になりそうで、洪水がよく起きるからか高木は生えておらず、平らな土地が広がっているので畑にも良いだろうという。


「オペレペレケプの流れる広い土地か。オペヒロでは漢字がないな。帯広ということにしよう」


 そう言って紙に帯広と漢字で記す。


「帯広……善い名前ですな。ただ人が足りませんので帯広まで開拓はできかねます」


「若様と相談してこちらに移り住みたいものを来年以降順次連れてこよう」


 遠野も人手が足りないがなんとかなるだろうか。


「とりあえず鯛三、そなたは引き続きこの周辺の開墾を頼む。そして湊の整備もな。来年には何人か船大工を連れてくる故」


「はは!」


「との、ぬのほしい」


「おっと、そうだった。麻用の畑と糸紡ぎと機織りの工場こうばも作るので広めに頼む」


「おお、そういうことでしたら力の限り土地を広げて見せますよ!」


「無理はするなよ?」


 そして大槌に帰還する時がきた。出港準備を行っていると三人の子供が親と長老の手を牽いて寄ってくる。


「ぬ、そなたらは」


「トクモリサマ!オレタチ、トオノイケル!」


 姿を見ていなかったからすっかり忘れたのかと思っていた。なんてこった覚えていたか。しかも長老たちも我々に預けると言い出している。


「では仕方ない。スチブンとワトウとキユニだったな。船に乗り込むぞ。落ちぬよう気を付けよ!」


「ヤッタ!」


 そう言って皆に手を振り、三人はカッコにのり、初めてのスクーナーに興奮しながら縄梯子を駆け上っていった。



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「今年の稲はどうか」


「はは。今年は山背が弱かったお陰で各地で順調に育っております。併せて育てている稗粟黍などはまもなく収穫になりそうです」


 二子城を獲ったお陰で田んぼが随分と広くなり、肥料の効果もあり今年の収穫高の見込みはついに三万石に届きそうだ。


「そういえば和賀や稗貫などでは時折野火が生じており、田畑がだいぶやられておるようです」


「なんと、稗貫はともかく和賀は家督を簒奪した罰でもあたっているのかもしれぬな」


 お陰で欠落ちとなって流れてくるものが後を絶たない。このままでは食料が足りなくなるのも時間の問題であるので、来年は幾らか蝦夷に送り込むとしよう。


「両家の動きはどうか」


「は、どちらも百姓共が一揆を起こして年貢の減免を訴えておるようです」


 なんとすでに混乱状態になってしまったか。


「こちらに飛び火せぬよう安俵城と二子城には警戒を厳とせよ」


「はは!」


「左近!」


「ここに」


「今年はまだ民が疲れておる。できる限り和賀や稗貫の目をこちらに向けさせぬようにしてくれ」


「御意」

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