第二百三十一話 得守の蝦夷探検 弐
船上 大槌十勝守得守
「よぉし皆準備は良いな!錨あげぇい!」
錨を上げて船を出す。岬を過ぎるところで東に回頭する。
「岬近くは岩場になっているかもしれん。少し沖合を進め!」
岬を大きく迂回していくが海から陸に寄せる風が強い。注意して操船し確か前世で岩礁のあった知人(しりと)礁を避けていく。
「おかしらぁ!入り江が見えまぁす!」
マストに登って眺めてみれば、おそらく春採湖と思われる湖が見える。海とつながっているようで確かに入り江に見える。
「おかしら、どうしましょう。行ってみますか?」
「いや、岩場があるかもしれないからやめておこう」
「承知!」
確かあの辺りに炭鉱があったんだったな。釧路炭鉱は硫黄分をほとんど含まない良質炭だとか上陸時に一度行った炭鉱展示館に載っていたっけか。今は鬱蒼とした森林地帯だが数年もすれば石炭掘りで活況を呈するようになるかもしれないな。
「いやあこの辺りの海岸はほとんど崖ですな」
「うむ。我らの大槌や釜石ほどではないがな」
「ははは、確かに」
一昼夜航走するとポッカリと広くあいた湾がみえる。
「頭!どうしますか?」
「手前に岩場があるようだから避けつつ入ってみよう」
前世でいうところの厚岸湾だ。湾の入り口にある島のお陰で波は穏やかでまさに天然の良港といった感じだ。
「頭、ここを港にできませんかねぇ」
「奏吉(副船長)のいうこと尤もだが遠いな」
今後を考えると石炭積み出しに使う関係で釧路の港湾整備が優先されるだろう。釧路に港ができたらここはそこまで大きな港いらないだろうし。たしか前世ではここは牡蠣養殖の一大産地だったはずなのでそちらで有効活用できれば良いかもしれない。
「おっと岸から船が来ます」
「おお本当だな。こっちから仕掛けるなよ」
岸に近づいたところで右手から数隻の小舟がこちらに寄ってくる。帆は畳んでいるがすぐに張って船を出せるように指示しておく。
船縁に小舟が止まってこちらを見上げてくる。とりあえず弓こそ手に持っているが射ってくるわけではないようなので舷門から縄梯子を下ろすと少し戸惑うそぶりを見せるも、小舟を寄せ、するすると登ってくる。
「我々は阿曽沼が家臣、大槌十勝守得守だ」
春雄のかわりにクシロの民が通訳として話しかける。我らの言葉を理解できるのかと心配していたが問題なく、やり取りがなされている。
「ここはアッケシというところです。あきないであればよいと」
「わかった。それでは折角なので歓迎されようか」
湾の奥深く、ひょうたんのくびれのように狭くなったところで投錨する。カッコに贈り物の米俵と反物、酒、脇差を降ろしていく。
首長の家の前に米俵と酒樽、味噌樽がつまれ、反物が酋長に渡されるととても喜ばれた。そして持ち込んだ米と酒で宴会が始まる。どこも宴会が好きなのは変わりないようだ。今の時期は湾内でニシン漁が盛んで、タラや牡蠣などもよく採れ、山に行けば椎茸が穫れるという。秋に来ればそのときには昆布や鮭も用意してくれるという。
「こ、こんなにたくさん……」
山と積まれた返礼品の身欠き鰊や干鱈に干し椎茸がこちらに渡される。さらに丁度折良くキイタップやネムロ、さらにはクンネシルというところからの者も来ていた。どうやらこの地はここより東の土地から人の集まる場所のようだ。このうち帰りに合わせて水先案内を依頼したらキイタップとネムロから来た者は快く受け入れてくれる。クンネシルという土地の者はもう少しこのアッケシに留まるとのことで今回は一緒できないとのことだ。
「頭、ネムロと言うところまで行くのですか?」
「ああ、折角案内してくれるというのだ。この際行ってみるべきだろう」
いけるところまで行くさ。返礼品と新鮮な水を船に積み込みに二日ほどかかったがさらに霧が晴れるまでさらに数日足止めをくらい、結局十日ほどアッケシで世話になった。おかげでアッケシの酋長と仲良くなった。ちなみに華鈴が別茶路出身と聞くとあの辺りとは仲が悪く時々猟場を巡って争いがおきるそうで何処も大して変わらないなと実感する。
「別茶路周辺は我らの影響下なので今後は諍いが減るように努力しよう」
別れ際にそう言うと半信半疑といった風の表情を見せながら喜んでくれた。社交辞令と思われたかもしれんな。
「よし、では船を出すぞ!」
「ヨーソロー!」
「それでは水先案内をお頼み申す」
大黒島を左手に見ながら厚岸湾から太平洋にでる。少し強くなった日差しを受けながら、キイタップ、ネムロと船を進める。概ね得られる物は変わりないが、キイタップは椎茸がよく採れるらしい。さらにネムロまでいくとラッコ皮がよく採れるというのでこれを米や反物と交換する。ついでに若様からの依頼のあったオットセイの陰茎の乾物も手に入った。
帰路ではあまり遅くなると台風が怖いのでネムロからの帰路ではキイタップとアッケシには寄らず一路釧路を目指す。そして釧路を目前に知人礁で事件が起こる。
「か、頭!三番艦の鵜住居(うのすまい)が座礁しました!」
「なんだと!船を泊めろ!鵜住居の状況を確認しろ!」
鵜住居は船底に大孔を作って横倒しになり掛かっている。
「三番艦に乗っている者たちを優先して救え!荷はまた取りに来れば良い!」
言うやカッコを繰り出して三番艦の救助を始めるも波が荒く、作業は難航し進まない。三番艦からも船員がカッコにのったり、板をくくって筏を作ってしがみついている。おおよそ二〇名は助かったが乗り合わせていた残りの四〇名は波にのまれてしまった。
「南無阿弥陀仏……」
「侍が戦場で死ぬのが華ならば、船乗りが海で死ぬのも華でありましょうか」
船乗りでも侍でもない春雄がつぶやく。
「どうだろうな。ただ我らにできるのはせめて奴らの魂が成仏できるよう祈るくらいだ」
この先も同じような座礁は起きるだろう。ここが危険な場所であることを知らせるため、灯台なども作るべきかもしれないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます