第二百二十九話 パドル法は重労働です

釜石鉱山橋野工場 水野工部大輔弥太郎


 この釜石周辺の鉱山を総称して釜石鉱山と名付けられた。まあそれはいい。名前は所詮便宜上のものだ。それよりも銑鉄から純度の高い鉄の精錬だ。鉄の棒を突っ込んでかき混ぜて見ることを思いつき、反射炉の側壁に開閉可能な窓を作り、かき混ぜ安くなるよう炉床の形態を改良した。そしていよいよ今日がその試験のとき。


 小さな窓から炉床を見れば真っ赤になった鉄の湯が煮えている。


「よし、ではその鉄の櫂を入れてまぜてくれ」


「押忍!」


 重い鉄の櫂を熱気の吹き出す小窓に差し込み、まるで漕ぐように混ぜてみるとこれまで固まったものと溶けたものとで分かれていたのがまぜあわせになっているようだ。これで炭素が減ってくれば凝固点が上がっていくので塊になるはず。完全に固まると取り出しにくいので粘土状になるまで続けてもらう。


「よし、交代しながら続けてくれ」


 朝から初めてすでに夕日が隠れようとする頃合いになって漸くすべての鉄が粘土状に固まる。


「よし、湯をだすぞ!」


 湯口を開けて粘土状になった鉄を掻き出す。


「よし!うまくいったか!」


 ゆっくりと冷まして触ることができるまで一晩まつと、見事に銀白色に輝く鉄の塊ができた。


「おお!見事な鉄だ!うまくいったか!」


 呼んでおいた鍛冶師に試しに叩かせてみる。


「随分と軟らかい鉄ですな。銑は固く脆いのでこれも刀には使えませんが、工具には使えます。一方この軟らかい鉄では使い道が思い浮かびませぬ」


「むぅ、軟らかすぎるか。しからば銑と混ぜてみてはどうか」


 鋳物に出来る鉄と軟らかすぎる鉄、混ぜ合わせればちょうどよい硬さになるのではないか。


「混ぜて見るですか……そうですな。せっかくたくさん鉄が得られたのですから試しにやってみましょう」


 完成にはまた数日かかるとのことだったので気長に待つしか無い。


「それにしてもこいつでどれくらいを一度に銑から鉄に出来るのだろうな」


「さて、いずれにしても取り出すとなれば十五貫目(約五十六kg)ほどまでに抑えねばならぬでしょうからあまり大きくしても仕方がないかと」


 大量生産となればやはり転炉か平炉がほしいか。高炉なら高温の空気を送り込んだり高炉から転炉に運ぶトーピードカーが必要だが無理だ。平炉だとできれば重油、最低でも石炭ガスが欲しいからしばらくは反射炉でやるしかない。


「もし工部大輔様のお許しをいただけましたら、この長兵衛、高炉の改良や銑から鉄を得る炉を作ってみたく存じます」


「やれるのか?」


「わかりませんが、やってみなければ進みそうもありませんし、工部大輔様は鉄以外にもやらねばならぬことがお有りでしょう」


 確かに、今は鉄にかまけているがそれだけやるわけにはいかない。ここはこの長兵衛に任せるか。


「わかった。其方に鉄のことは任せる。このことは若様に話しておく。俺も出来る範囲で助言をするから頼むぞ」



ベッチャロ近郊 大槌十勝守得守


 久しぶりの別茶路だ。去年より開墾が進んだのか平地が広くなっている。


「得守様、お久しぶりです」


「鯛三か!息災なようで何よりだ」


「お陰様でなんとか冬を乗り切ることができました」


 積もる話はあるがまずは状況の確認などをせねばならないので、以前のように長老の家に集まるかと考えている。ちなみについてきた華鈴は久しぶりに村の仲間にあって飛び跳ねて喜んでいる。


「得守様にお入りいただく館はある程度できております。どうぞこちらでございます」


 館とはいえ、なんてことはないログハウスだ。大木はたくさんあるがのこぎりが足りず板の生産が間に合わないためとりあえず丸太を積んで、床だけ張って作ったものだそうだ。


「短期間によくここまでできたな」


「へへ、ありがとうございます。ところであちらはどのような状況でしょうか」


 短く掻い摘んで状況を説明する。和賀領を一部もぎ取ったと言ったときには膝を打って喜んでいた。


「それでな、このあたり、あの十勝川の流れる範囲を十勝国となり、恐れ多くもこの俺が十勝守を拝命した」


「おお!おめでとうございます!」


「うむ。それとこの辺りのことを浦幌ということになり、鯛三、そなたは浦幌介としてこの地の開拓を取り仕切るようにとのお達しだ」


「な、そ、某に浦幌介ですか!」


「そうだ。若様は殊の外この地に期待しておられる。其方らの活躍に期待するところ大ということだ」


「はっははぁ!ありがたく拝命いたしまする!」


 それからこちらの状況を確認すると鶴次郎は見事にこの地の言葉をかなり覚え、通訳ならなんとかなるという。他の者も簡単な会話なら出来るようになり、この地の者も我らの言葉を理解するまでになっているとか。


「この後俺等はクシロに久しぶりに赴く予定だ。鶴次郎ついてきてくれ」


「御意」


 あとは長老が挨拶に来たので贈り物をやり、宴を開いて親交を深めた。


「釧路か、久しぶりだな。春雄のやつは元気であろうか」


 二年間釧路のコタンで暮らしているので、あの地の考え方に染まってしまったかもしれないな。どうなっているか、会うのが待ち遠しい。

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