第二百二十八話 稙宗さんのおかげで銭が増えました

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「待たせたな」


 小書院に入ると左近をはじめとする保安局のものが合計六人並んで座っている。面を上げさせる。


「さてずいぶんと遅くなったが先日の和賀左近将監殿らの救出、まことに見事であった。褒美を取らす」


 手を叩くと小姓となった毒沢彦次郎丸らが長持を運び入れる。


「これは脇差ですか」


「うむ、其方らは隠密行動が主であるためあまり大きな得物を渡しても使いにくかろうからな」


 一本の脇差を取り上げ鞘から抜くと、互の目の文様が美しく光る。


「まずは鴎、陣頭指揮を執り左近将監殿らを無事に救出したこと誠に大儀であった。これからの活躍も期待しておるぞ」


「はっ、はは!身命に代えましてご期待に添えて参ります」


 鴎は感動したようでうわずった声で平伏し、脇差を受け取る。左近も思うところがあるのか少しはなを赤くしている。残りの者らにも同じく脇差しを与える。


「其方らもよくやった。これからの働き如何によってはさらなる褒美も取らす」


「はは!我ら一同改めて若様に忠誠を誓いまする!」


「うむ、左近もよくまとめてくれた。左近の扶持は百貫文に加増する」


「ははっ、ありがたき幸せに存じます」


「死なれては扶持を払ってやれんから死ぬなよ」


「御意」


 銅は見つかったけど精錬と型ができてない。まだ明から永楽銭が入ってくるようだからとりあえず交易で得た銭が国内にはあるようだ。ただこの遠野まではなかなか良銭が来ないので少しずつ浸透してきている貨幣経済の足かせになってるんだよなぁ。


 鴎たちが部屋から出て行き左近と二人きりになる。


「それと学校で見込みのありそうなものは保安局で押さえても良い」


「誠ですか!」


「ああ。といっても本人のやる気次第だが」


「有り難く存じます」


 外から人を入れるのは進めるが、やはり足下の底上げを狙った方が時間は掛かるが長期安定につながるだろう。


「ところで伊達はどうだ」


「はっ。大殿は次郎高宗様に招かれ歓待を受けたとのことです」


「高宗様の歓待か。さぞや豪華なものであったのだろうな」


「それはなかなかに贅を尽くした宴であったようです。その際に若様が贈られた盃を大層褒められたようです」


「ふふっ、俺も一度招かれたいものだ。ところで次郎様の評判はどうか」


「最近は大膳大夫様(伊達尚宗)や家臣に対しいささかあたりが強くなり、揚げ物を好まれよく召し上がるからかずいぶんと恰幅が良くなってきているようです」


 そんなに揚げ物を好むか。最近当家の油が買われる量が増えたのはそのせいか。おかげで蔵の銭がかなり増えてきた。おかげで扶持持ちに銭払いしてやることができるのだが、そうか稙宗から巻き上げていたのか。これは足を向けて眠れんな。


「しかしそんなに油を買っては銭が足りぬのではないか?」


「左様で。葛屋殿も含め色々な商人に証文を書いているとか、それにより先ほども申しましたとおり、大膳大夫様や家臣らから咎められることがあるようです。その都度癇癪を起こすようで手がつけられないと言ったところのようです」


 たしか鉛中毒には性格の変容もあったと思うからもしかしたら毒が回ってきているのかもしれんな。


「次郎様のご兄弟は確か四郎様(留守景宗)がおられたな」


「はっ。すでに大膳大夫様と主立った家臣筋は四郎様に家督を譲ることを考えておいでのようです」


 鉛の毒に揚げ物の毒、思った以上に早く退場してもらえるかもしれん。おっといかんいかん思わずにやけそうだが、なんとか渋面を作っておかねばな。


「これはまた騒乱になりそうだな。伊達に張り付かせる保安局員を増やしてくれ」


「御意」


「それと斯波らの情報もくれぬか」


「斯波は御正室と嫡男とで派閥が完全に分かれた模様です。ただ嫡男が進める農地改革とやらで米の出来が当家ほどではありませぬが上がってきていることもあり表だって問題にはなっておらぬようです」


 なるほど思ったより有能そうだな。


「向こうは忍びなどどうしている」


「は。葛屋殿が忍びのできるものが欲しいとの依頼を受けておりましたので、保安局から二人ほど派遣してございます」


「ほぉう。それでいまはどうしているのだ」


「忍びを増やして欲しいとのことなので育成しております。いずれ若様の配下になるよう教育もしております」


 あまりのことに思わず言葉を失ったがなんてことはない。相手方の諜報機関まるごと二重スパイということかとんだ食わせ物だ。まさか自分の信用する忍びが俺の配下だとは夢にも思っていないだろうな。


「まあしばらくはばれぬよう慎重にやってくれよ。折角斯波の銭で育ててくれるのだ有り難く利用させてもらおう」


「他に稗貫は高橋らを粛正したあおりで領内が荒れておるようでございます」


「まあ裏切りそうな奴がいないか疑心暗鬼を生じるだろうからな」


「は。そして和賀では時折野火が起きているようで今年の米はあまり期待できそうにありませぬ」


 野火ね。まあ火事なら仕方がない。


「和賀も大変だな。和賀領から賊がやって来んとも限らん。二子城をはじめとして警備を厳重にさせねばな」

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