第二百二十六話 ベビーラッシュが起きそうです

遠野 とある寺


 苗代がすくすくと育つある日、肝煎を始めとする村の者たちが寺へと集められる。


「なあ弥八どん、なんでわしらここに呼ばれたんじゃ」


「おお甚五どんか、なんでもまた若様が新しいことを始めるんだとか」


「また若様か。またなにか新しい道具を作ってくれたのだろうか」


「さあなぁ」


「おお、弥八に甚五、来てたか」


「お、肝煎様じゃねえか。今回はなんのお触れだか知っとるか?」


「なんでも学校とかいうものを拵えるそうな」


「学校?なんじゃそれは」


 肝煎が説明しようとしたところで住職が入ってきたため、静かになる。


「ふむ、皆集まっておるようじゃの。知っているものも居るかもしれぬが、阿曽沼領内で順次学校が作られる」


 再び講堂がざわざわとなる。


「お坊様、学校とはなんでございましょう?」


 肝煎が代表して質問する。


「うむ、読み書き計算を教えるものだ」


 以前やっていた読み書きの仕方を教えるものかなどと声がする。


「対象は七つ以上の者で期間は四年間。農繁期と正月盆暮れ以外は概ね毎日通うことになる」


「娘っ子もですか?」


「うむ。若様の意向として男女共にということだ」


 すると今度は女にも学を与えるとはどういうことじゃとの声が聞こえる。


「ちなみに成績優秀なものは場合によっては男女の区別なく引き立て、扶持を与えるとのことだ」


 扶持が与えられるかも知れないという言葉にみな色めき立つ。最初は読み書きなどできてどうなるものかという雰囲気だった村人たちも目つきが変わる。


「お、お坊様!その学校とやらにはいるのは七つ以上とのことでしたが、大人でも入って良いのでしょうか」


「ちょっ!甚五どん!何を言ってるべさ!」


「ほほほ。年齢の上限は特に聞いてはおらぬが、なるべく子供を優先しろとのお触れだ」


 子供が優先と聞けば、かかあと相談してなるべく子供たくさん拵えて扶持を貰えるようになったら安泰だとか、夜が熱くなるなとか、なんなら昼間からでもなどという声が上がる。


「さらに優秀なものが多く出た村には褒美も取らすと言っておいでだ」


「おお!皆、聞いたな!子は村の宝ぞ!皆で一人でも多くの優秀なこを育てるのだ!よいな!」


 その日阿曽沼領内の各村で同じような話がなされ、その日から房事に耽る夫婦が増えたとか増えなかったとか。



橋野 水野工部大輔弥太郎


 銑鉄は取り出せるようになったが、より効率をあげようと高炉を大きくしてみても今度は高炉の温度が下がるのか溶けないなどの問題が出てきた。銑鉄の精錬も必要なので一旦今の高炉を複数作ってローテーションで運用することで安定生産することにした。

 それはいいのだが今度は反射炉が思うほどうまくいかない。二基ほど作ったがいずれも溶けて取り出せるものではなかった。


「旦那様、今日も寝られなかったのですか?」


「うむ…うまく熔けなくてな」


「私には鉄のことはよくわかりませんが、全くとけないのですか?」


「いや、最初はよく熔けるのだが、だんだん熔けなくなるのだ」


「そうなのですね。溶けにくいものといえばお味噌なんかはどうですが、かき混ぜると溶けていきますよね」


「かき混ぜる……っ!なるほどな!そして鉄を作るのであるなら鉄の棒でかき混ぜればよいな!」


 のんびり食べているのももどかしい。飯に味噌汁をぶっかけてそのまま飲み込むと作業場に急いで向かう。


 大急ぎで反射炉の側壁に窓を作り、分厚い麻で作った手袋に更に牛革をかぶせた耐熱手袋をつくってもらう。今は一刻も早く反射炉に火を入れたい。じれったい思いを感じながら作業を進めていく。


「旦那様、鉄が大事なのはわかりますが、たまには私を見てほしいです。今度雪様から若様にお願いしてみようかな」



大槌城 大槌十勝守得守


 今年こそはという思いで蝦夷地探検の準備を進める。前世では何度か行ったことのある北海道だが、この時代は未開の大地。開拓すればそれだけ生産力が増え人口が、国力が増す。


「殿、今回の交易品の目録になります」


「うむ」


 狐崎玄蕃から渡された目録に目を通す。米に酒、醤油、味噌、刀、槍、弓に馬、更には麻の反物が記載される。


「此度は反物を持っていくのか」


「は。帆にしなかった分の麻がかなり残っておりますのでその中で程度の良いものを反物にしております」


 反物はそこそこ作れているようだが、それでも麻が余ってしまい糸のまま輸出するのが多いそうだ。


「そういえば機織り機の改良は、以前弥太郎殿がいっておったが無理かな」


「工部大輔殿はいま鉄にかかりきりのようですからな。早く釜石に鉄工場をこしらえてほしいものです」


 高炉と反射炉が軌道に乗ったら釜石に工場を作るということを若様が不用意に言ったものだから玄蕃がまだかまだかとなってしまっている。


「そんなに気になるならそなたの嫡男を弥太郎殿に預けてはどうか」


 高炉では人手は足りないようだから読み書きできる者を送り込めばそれだけ助かるだろう。


「む、それも一案ですな。鯛三が代官をもらったので祐慶(すけよし)のやつが焦っておりましてな」


 ちょっと良くないかもしれない。ただ家督が転がり込んでくるだけよりも切り開き、獲得するほうが格好良く見えてしまうもの。ともすれば不満が生じるかもしれないので何らかの手柄を立てさせねばならん。


「幸い鉄に興味を持っておる様子ですので、殿の仰るように工部大輔殿に預けることを話しようかと思います」

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