第二百二十四話 阿曽沼守親の上洛

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 まだ風は冷いが概ね雪が消えた弥生の初め、父上が京に向けて発つ。護衛は父上の近習が数人、道案内に葛屋が入り献上品の馬を連れての上洛だ。葛西太守から医者を貸してほしいということで寺池城までは田代三喜が同行する。


「お前様どうぞ気を付けて」


「公方様からのお呼びたてだ、問題なかろう。梢よ、そう心配するな」


「それでもでございます」


「何、孫四郎も一度行っておるのだ心配のしすぎというものよ」


 確かに俺は一度往復しているし、葛屋は何度も往復している。根拠薄弱だけど多分大丈夫だろう。


「もし万が一があっても孫四郎がおるし、守綱も守義も残しておる」


「父上、御言葉ですが、なくなるというならば戦場か畳の上にして頂きたく」


 俺の言葉に父上が大きく笑い声をあげる。まだ元服してないし家督も継いでいないんだそうそう死なれちゃ困る。それに転生した身とはいえ、この生での家族を失って何も思わないほど冷血でもない。


「わかっておる。あくまで万一というやつだ。それと留守中は其方が政を行え。守綱、守義!孫四郎を助けてやってくれ」


「承知した。しかし兄上、帰ってきたら居場所がないやもしれんぞ?」


「おお!それならそれでわしは楽隠居が出来るからな!悪くないぞ!ガハハハ!」


 皆一頻り笑った後、すっと静かになる。


「では行ってくる」


 パカポコ、真新しい蹄鉄を鳴らしながら父上達が旅立った。



鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「父上はああ言われたが、念を入れて悪いことはない。左近、保安局のものは付けているか?」


「はい。葛屋の人足に何人か入れております」


「頼むぞ。それから坂東と東海道、畿内に人は送れるか?」


 以前俺が上洛した際にも何人か畿内には入れたがもう少し欲しい。


「少し数が足りませぬな」


「そうか、では畿内を優先で良い。それと甲賀者か伊賀者かに知り合いはおらぬか」


 保安局もいずれ拡張するが当座の人員が足りない。和賀定行を助けた後になぜか筒井内膳が保安局に加わったが。

 足りないからどこかから拾ってきたいが充てもない。山伏の伝手で甲賀伊賀辺りに声をかけられないだろうかと藁にもすがる思いで左近に聞いてみる。

 すでにこの時代には甲賀は六角に忠誠を誓ってたはずだけど、はみ出し者でもいないかな。甲賀なら薬に詳しいだろうからどっちかというと医術を学ばせるのもいいかもしれない。体術なら伊賀の方が得意なようだが傭兵以上になることはないと聞く。無駄足かもしれんがダメ元でも声をかけてみるべきだろう。


「甲賀でしたら山伏の仲間におりますので声をかけてみましょう。伊賀については甲賀から話を持っていってもらう形になりますが」


「それは有り難い。忍び働きでなくても良い。召し抱える故、移って来れぬか聞いてみてくれぬか」


「それでは某が」


「いやいや左近。もう少ししたら極楽寺に左近将監(和賀定行)と式部太夫(和賀行儀)とともに礼に行くので其方には護衛を予て付いてきてもらうぞ。甲賀や伊賀への声かけは保安局の者に任せよ」


「う……、承知致しました」



 なぜか極楽寺に行くのを嫌がる左近を護衛につけ極楽寺に向かう。


「左近将監様、極楽寺のご住職はどのような方で?」


「うむ、知っての通りあそこは真言の寺だが、なんでも高野山でもなかなか高位の僧だそうだ」


 僧だそうだって駄洒落かな。ここはスルーがいいだろう。


「真言ですか。そういえば左近よ、其方真言の流れであったな」


 以前一度そういう話を聞いたような気がする。


「は。某は主に大峰山で修行しておりました」


「大峰山とはどこだ?」


「大和国は吉野の山々の一つでございます」


 奈良県の南部かすごいところだな。


「いずれ吉野にも参りたいな」


「おお、孫四郎様は畿内まで覇を唱えられると」


「式部太夫様、なにを仰います。ここから畿内までなどあまりに遠くございますれば」


「そうでしょうか。某は孫四郎様であれば畿内まで手中に納められると存じますが」


 買い被りすぎではないかな。俺の一代で成し遂げられるものではなかろう。まあ目標として畿内まで行くのは考えておこう。


 無駄話をしていると思いの外早く極楽寺に到着した。馬を下り、焼けた寺門をくぐる。


「むう、思ったより手ひどく燃えておるな」


「我らが入れられておった蔵はあの瓦礫のところだ」


 炭となった柱や崩れた壁などが痛々しく残っている。


「おお、これは阿曽沼様に和賀の左近将監様ではございませぬか」


 いつの間にか住職が立っている。


「これは失礼しました。阿曽沼孫四郎にございます」


「これはこれは。拙僧は散峡と申します。拙僧の不肖の弟子がお世話になっておるようで誠に恐れ入ります」


 弟子?誰のことだ。


「これ左近、其方言っておらなんだのか!」


「ぐっ、し、師匠……いえ、その……」


「え、左近、お前のお師匠様なのか」


 左近は答えない。顔が土気色でまるで骸のようだ。


「ふぉふぉふぉ。わしの修行について来られず逃げ出してもう六年になるかのぅ。この寺の住職を任されてしばらくしたら其方が阿曽沼に仕えたと耳に挟んでな」


「ま、まさか上人様がこの極楽寺にいらしていたとは露ともしれず……」


「おかしいのぅ。わしは一体何時になったら懐かしい顔を見せてくれるのかと楽しみにしておったのじゃがな」


「散峡上人、積もる話もあるかと思いますがお客人を講堂にお上げになられてはいかがかと」


「おお、そうじゃった。では皆様こちらへどうぞ」

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