第二百二十二話 初めての入学式

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 松の内が明けた睦月十六日、ついに最初の小学校の開校日となった。思ったより準備に時間がかかり、今年開校するのはこの鍋倉城下の一校だけだ。来年にはもう少し小学校を増やせるだろう。


 前世の小学校とは全く趣は異なり、小さな黒板と板の間に机が並んでいるだけだ。ちなみに準備に一番時間がかかったのは教科書の制定で、仮名文字を統一するのに苦労した。特に平仮名は前世ではごく一部にしか使われなくなった変体仮名が「あ」だけでもどんだけやねんって数あるので代表的なもの二種までにまとめたのだが、これが大いに揉めた。初学者用ということで大宮様と東禅寺が藤原定家が記した下官集をだしてまとめてもらわなければまだ学校出来てなかったかもしれない。正直変体仮名の少ない片仮名主体にしたほうが混乱が少ないかもしれないと思ったけど、ここで統一したほうが良いだろうから頑張った。


 とりあえず一年生は代表的な平仮名と片仮名の習熟し、それができたら数百種ある変体仮名を読めるよう、読方入門を作ったので習ってもらうこととした。あとはアラビア数字を天竺の数字だと言ってねじ込んだ。二年生以上で漢字とそろばんを学ぶのだが、ここで田助を招聘した。本人はなぜかめちゃくちゃ嫌がっていたが、やはり商人は商売以外は嫌なんだろう。ある程度そろばんに慣れたものが増えたら開放するからということと葛屋が叱りつけたので不承不承受け入れた感じだった。


 そんなことをぼんやり思い出しながら、第一期生の七歳になった武家や鍋倉の比較的裕福な町人の子供たち二十人が待つ体育館に父上に続いて入っていく。この日のために誂えた真新しい着物をきた子供たちは緊張した面持ちで、両親はそれ以上に緊張しながら平伏する。


「皆の者、面を上げよ」


 父上の言葉にゆっくりと頭を上げる一同。


「詳しい話は後ほど、嫡男の孫四郎より話させる。儂が言いたいのはこれだけじゃ!この学校では武士も商人も百姓も関係がない。互いに切磋琢磨しよく学び体を鍛えよ!以上!」


「はっ、ははぁ!」


 父上のそこそこ脳筋あふれるお言葉に皆感動しているようだ。


「では孫四郎、細かいことはそなたが説明せよ」


「ははっ。では、阿曽沼孫四郎だ。皆よろしく頼む」


 俺の言葉に一同平伏する。


「面を上げられよ。この数年阿曽沼は随分と大きくなった。そして米も随分と採れるようになった。これも皆のお陰だ。阿曽沼を代表して礼を申す」


 俺が軽く頭を下げると、皆慌てたように平伏する。


「製紙や登り窯に橋野の鉄なども始めたがまるで手が足りぬ。遠野が、そしてそなたらが、より良い生活を送るためには俺の力だけでは足りぬ。そこで武士や商人や百姓の区別なく学ばせ力となってもらおうと思い、この遠野学校を設けた。そなたらは明日の遠野の発展の第一陣となる。なお成績優秀者には更に学ぶことが出来る上級の学校を設ける予定である。そなたらこそが我らの力である。頼むぞ」


 深々と皆が平伏する。


「次にこの遠野学校の校長は大宮算博士様になっていただいている。作法もしっかり学ぶように」


「大宮算博士や。うんうん、いい顔をしておじゃる。堅苦しいことは阿曽沼の嫡男殿がもうゆうたから、儂からはこれだけや。しっかり学ぶんやで」


 大宮様の優しい言葉に皆ほっとした顔だが、あれはエセ恵比寿顔。学ぶとなればもうそれはキツかった。


「では皆に教科書を手渡す。呼ばれたものは取りに来るように」


 守綱叔父上の声で南右近が教科書の載った盆を持ち込み、名前を呼ばれた者が前に出る。初めて手にする紙の本に皆興味津々といったところだ。


「あ、あの恐れながら……」


「ん、どうした。申してみよ」


「は、ありがとうございます。この本はいつお返しすればよろしいので?」


「ん?返さなくとも良いぞ」


「ええ!あ、失礼しました。ほ、本のような貴重なものをいただくなんて」


 そういえば江戸時代でも単行本は一冊五千円くらいだっけか。紙がまだまだ貴重なこの時代だと目が飛び出るような価値なんだろうな。


「気にせずとも良い。言うなればこれはそなたらへの期待の現れだ。ぜひくたくたになるまで読んでくれ」


「ははぁ!ありがたき幸せ!」


 こうして最初の小学校が始まった。

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