永正3年(1506年)

第二百二十話 燃料問題は切実です

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 相変わらず寒さが骨身に染みる永正3年の元日だ。新春というが全くもって寒くて嫌になる。そして今日は小姓の紹介がなされる。


「孫四郎はすでに皆見知っておるが、漸く小姓をつけてやれるようになった。これもひとえに其方らの奉公のお陰じゃ。今年はさらなる発展を遂げるであろう、皆のますますの努力を期待しておる」


 皆が平服し化粧とお目見えのために一度裏方に下がる。


「さあ皆出番よ。いってらっしゃい!」


 俺はなぜか評定にも参加していたので緊張はしていないが、後ろの四人はガチガチに緊張しているようだ。とくに外様の彦次郎丸なんかは手と足が一緒にでて躓いてころんでいた。


 彦次郎丸は泣きべそを、毒沢民部義政は顔を真っ青にしてしまっている。後でフォローしておかねば。


「くくく、童であればこれくらいは致し方なし。民部よ彦次郎丸を責めぬようにな」


「ははっ。お心遣い、誠にありがとうございます」


 父上がフォローするが毒沢民部の表情は青いままだ。


「さて孫四郎についてもらう小姓らを紹介致す。守綱頼む」


「はっ。ではまず来内茂左衛門が嫡男、竹丸」


「次に小国彦十郎忠直が嫡男、梅助」


「袰綿兵庫助の次男、雪丸」


「それと毒沢彦次郎丸」


 名前を呼ばれるとそれぞれ平伏していく。今回は彦次郎丸も問題なく出来たようで、ここまで聞こえるくらい大きく息を吐いている。


「うむ、そなたらは孫四郎を支え、これからの阿曽沼の屋台骨となって欲しい。期待しておる」


「「「「はは!」」」」


「それと儂は雪が溶け次第、京に上ることとなった」


 評定の間に驚きの声が上がる。俺も初耳だ。一体なぜ。


「兄上は先の戦で寡兵でありながら斯波を破ったことを高く評価いただいたのだ。その戦について詳しく聞きたいという大樹たってのご命令である」


 てっきり斯波を討ち取ったので敵として扱われるかと思ったがそうでもないのか。


「儂が不在の間は孫四郎に守綱と守儀を後見としてつける。儂の不在にかこつけて斯波や和賀が攻めて来ないとも限らん、皆もよろしく頼むぞ」


「ははぁ!」


 当主がいなくなるとやっぱ狙われるんだろうか。


「ん、それでは新年の宴とするか!」


 この日一番の歓声があがった。



 宴は大いに盛り上がる。途中で挨拶に来た久慈備前信継が問いかけてくる。


「若様、橋野にあるという高炉とかいうものを当家でも使いたいのですが」


「久慈となれば鉄がよく取れるな」


「はい。ですのであのような炉ができればと思いまして」


 久慈とは次男を人質として誼を通じているとは言え、服従しているというわけでもない。まだ渡すには早すぎるな。


「うむ、渡したいのは山々だが……、まだ高炉で安定して生産できるわけではないからな」


「いずれ我が領にも造っていただくことは」


「無論、考えておる」


 とはいえ砂鉄をそのまま高炉には使えないので、高炉技術を転用改良した角炉の構築かな。角炉はあんまりよく知らないんだよね。


「ありがたき幸せ。父にも知らせておきます」


 朗らかな表情で久慈信継が辞し、その後も挨拶が続いたがなんとか乗り切り、私室に戻る。


「さて弥太郎、高炉はどうか」


「はい、最初の一回はうまくいきましたがその後しばらくすると出銑できなくなりまして、調べたところ炉の底に鉄の塊が出銑口を塞いでおりました」


「なんとかなるか?」


「取り出して、修復するのにおよそひと月必要ですので、交互に使うために最低二つの炉が必要です」


 操業炉と修復する炉か。耐火煉瓦がたくさん必要だな。


「あとですね、炉が増えると今度は炭が足りなくなりそうです」


 木炭の消費量が凄まじい量だそうだ。一日あたりおよそ二百五十貫目(約940kg)の銑鉄が得られるが、そのために毎日一千貫目(約3.7トン)の木炭を要するとのことで凄まじい勢いではげ山化が進んでいるとか。


「そういえば史実の官営釜石製鐵所も木炭不足で操業停止になったんだっけか」


「そうなんです。こればっかりはどうにもなりません」


「うーん、急ぎ夕張炭鉱か釧路炭田を手に入れなければな……孫八郎、春には北海道に行けそうか?」


「問題なく。とりあえず昨年と同じようにスクーナーもどき三隻で行って参ります」


「四隻目は使わんのか?」


 確かもうすぐ進水だと聞いたが。


「ええ、一隻は予備と訓練用においておきます」


「なるほどな。それでまた蝦夷に入植させるものはいくらかおるか」


「遠野などから次男坊三男坊などが多数う希望してきておりますが、船酔いがひどい者が多く、此度は漁師の次男坊三男坊を二十人ほど送り込む手筈です」


 数人ならなんとかなっても流石にまとまった数の船酔いは対処しきれないということか。


「せっかく船に乗せるのですから、操船できるまで叩き込むだけです」


 あ、違うようだ。送り込むんではなく船員にする気だ。


「それと百石積みの弁才船で捕鯨に送り込みますので」


 鯨か、前世ではニタリクジラを食ったことはあったがくさみが少なくて美味かったな。弁才船って捕鯨に使えるのか?あれは商船だったと思うのだが、まあなんとかするのだろう。


「ん、まあ船については孫八郎に任せよう。左近、今回も人を送り込めるか?」


「は、鶴次郎を送り込んでおりますが何人かまた向かわせます」


「そなたらの働きは我らが生き残るための生命線である。頼むぞ」


「はは」


「弥太郎は高炉以外はなにか進捗あるか?」


「高炉以外ですか、気分転換をかねて鉱山の排水用にアルキメディアン・スクリューを作りました。それと銅が見つかりました」


 気分転換でできるものなのかは知らないけどまあ助かるな。これで揚水、排水がしやすくなるとか。それと釜石鉱山で銅が出たと。ある意味鉄よりもありがたい。


「灰吹法は?」


「前世で何度かやったことがあります」


 危険だからあんまり今生ではやらないでほしいな。


「骨灰は鹿や猪などの骨でいいのか?」


「ええ、大丈夫ですがセメントでも代用が可能です。問題は鉛の入手ですね」


「灰吹に使った酸化鉛は捨てずに置いといてくれ」


「どうするので?」


「鉛蓄電池ができたら使う」


 実際に使えるかはしらないけど捨てると公害の問題もでるし、何よりもったいないし、やたらと捨てたら鉛汚染が怖いし。


「ねぇ若様、銅は何に使うの?」


「コイルの開発、といいたいけどまずは銭だ」


「は?」


「私鋳銭を作る」


「え、贋金つくるの?」


「どうせ堺や加治木では作ってんだ。俺達が作って悪いというやつは居ないよ」


 銭がないなら作れば良いんだよ。取り締まる役所もないし好きにやらせてもらおう。これで経済戦を仕掛けられるようになるしな。悪銭は葛屋に集めてきてもらい灰吹で金銀を抽出した後に改めて鋳造しよう。前世ではプレス加工で硬貨製造してたっけか。鍛造製法も研究させないと。


「左近!」


「は!」


「少なくとも今年こそは国力の涵養に努めたい。周りの各家が当家に攻め入ることがないよう掻き回せ!なんなら一揆を起こさせても構わん」


「御意」


 左近がニヤリと口を歪める。おっと皆が引いてるな。俺は俺でちょっと戦国時代に染まりすぎたかもしれないな。

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