第二百十五話 和賀の稗貫侵攻は失敗しました
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
「なに、二子城を落としただと!」
「はい。大砲で撃ちかけたところ留守役に直撃し士気が潰えたようです」
左近から報告を受ける。当初の予定では天王館の確保で終える予定だったがあまりに早く落ちたのでそのまま二子城に攻め寄せたと。流石にこれ以上の侵攻は現時点では難しいが、北上川の西岸に足場を確保したのは大きい。
「それと和賀左近将監の救出に成功いたしました」
「そうか」
「救出の際に極楽寺が燃えたそうです」
「それはいかんな。二子城周辺が落ち着いたら一度喜捨がてら挨拶にいかねばな」
「挨拶……ですか?」
「そうだ。坂上田村麻呂が毘沙門天を奉ったのが始まりという寺なのだから武家としていかぬ訳にはいかぬだろう」
「それはそうですが」
「それにあそこは真言の寺、今後のことを考えると縁を持っておくのは良いことだ」
「その際の警護は某でなくても良いですかな?」
「保安局の頭が行かぬとかありえん。極楽寺となにかあったのか?」
「い、いえ特になにも」
「なら良いだろう」
「は、はい……」
そう告げて部屋を辞そうとした左近が、ふと立ち止まる。
「そうそう大事なことを忘れておりました。世田米で鉄を見つけましたことと、江刺が独立の動きを見せております」
そういう大事なことは忘れずに報告してほしい。
「世田米のどのあたりだ」
「栗木という江刺との境に近いところでございます」
「であれば今は動けんな。それと江刺から南に向かう気は今のところない」
高炉技術をいま漏らすわけにもいかんからな。南に向かうのも葛西政信や晴重らが抑えられなくなったのなら仕方がないが、今のところ名分も立たないしな。
◇
花巻城近郊 和賀小四郎定久
「なに!?天王館が落ちただと!どういうことだ!」
「大砲で撃たれ、開城したようです」
あの宮守での戦や安俵城を落とした武器か。準備が十分ではなかったとは言えそんなにあっさり落とされるものであろうか。思ったより強力なようだ。
「梅ヶ沢はどうなったのだ?」
「当主の首を差し出すことで降伏を許されたようです」
「なるほどな。となると次は二子城か。くそ、もう少しで稗貫を倒せると思ったのだがなとんだ邪魔が入りおった。引き上げるぞ!」
「と、殿!根子や高橋との約定は如何なさるのです!」
「そんなものは捨て置け!いま引き上げねば俺等の帰るところがなくなるぞ!」
兵たちも浮足立っており、とても包囲を続けておれるような状況ではない。急ぎ撤退の準備に取り掛からせると、続けて報せが入ってくる。
「た、大変です!二子城が!」
「もう阿曽沼が来たのか!」
「そ、それが、落とされました!」
「ばかな……」
そんなに早く落とされるはずがない。しかしこの者は嘘をついているわけではないようだ。
「留守居の八重樫掃部助はどうした」
「大砲を食らって吹き飛んだということです」
「なんと……ええい、やむを得ん!新平館に引き上げるぞ!」
攻め落とした十二丁目城を放棄せざるをえないのは癪だが、和賀の祖である義行公から三男景行公に下賜されたという謂れのある新平館へと兵を寄せ、今後の策を練るしかない。くそ、腹が立つ。阿曽沼めにいいように遊ばれているようで不愉快極まりない。
「は、はは!」
呆けていた周囲の武将らも慌ただしく撤収を始めると、左翼が騒がしくなる。
「どうした!」
「また阿曽沼の騎兵が射掛けて来ました!」
先ほどとは違う伝令が状況を伝えに来る。先程と同じように嫌がらせでいくらか射掛けてどこかに走り去ってしまったと言う。本城が落とされたということと撹乱してくる騎馬に嫌気をさした領民兵が脱走していく。
「ちぃ!くそっ!なんとも厄介な!斯波の本隊が来る前に引き上げるぞ!阿曽沼め!いずれこの借りは返させてもらうぞ!」
およそ整然とは言いがたい隊列で和賀軍が引き上げていく。
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