第二百十三話 和賀領侵攻開始

車館 阿曽沼守親


「皆のもの用意は良いか!我々はこれより和賀家当主の座を簒奪した和賀小四郎定久討伐に出る!目標は天王館、雷神峠を抜け一気呵成に攻めかけるぞ!」


「「「「おおー!」」」」


 兵たちが意気軒昂に声を張り上げる。斥候を兼ねた軽騎兵を先行させる。この軽騎兵なるものも孫四郎の発案によるもので腹当のみあるいはそれすらつけぬことがあるとか。武具は滑車弓と刀のみというこれまた軽装もいいところだ。なんでも騎馬の足を最大限に利用するためだという。当然危険な任務であるからして馬の扱いに長け、危険と紙一重の状況を切り抜けられる胆力と武と知を兼ね備えたものこそ適任だそうだ。おかげで軽騎兵を希望するものがあとを絶たず選定に苦慮したわ。


 足の遅い大槌得守率いる砲隊を軽騎兵の後に、そして本隊が順次進発させる。砲は後何発撃てるかわからぬものだそうだが。守儀らの鉄砲隊には棒火矢の入った漆塗りの箱を積んだ馬が数頭続く。馬が多くて輜重が大助かりだ。


「阿曽沼殿の戦は数の割に馬が多いのだな」


「これは左近将監殿。休まれてなくてよいのですか?」


「なんともこう気が静まりませんでな」


「左様でございますか」


「それと左馬頭殿よ、すでに俺等はお主に臣従を申し出ているのだ。そんなに謙る必要はない」


「まだ天王館も落としていないので臣従の約束をこちらが果たせておりませんのでな」


「律儀だな」


「お、兄上こんなところにいたのか」


 和賀隊を率いる小五郎殿が馬を寄せてくる。


「小五郎か。これから征くのだな」


 左近将監の言葉に小五郎が嘆息する。


「兄上なにを他人事のように言っておられるのだ。兄上も早う具足を着けられよ」


「具足も何もないぞ」


「心配いらん。二子城からくすねてきておりますぞ。阿曽沼の小僧が」


 あんぐり口が開いたまま左近将監が固まる。その脇に笹竜胆紋の書かれた長持が置かれ、固まっている左近将監が手早く着せられていく。


「孫四郎の統べる保安局は優秀でしてね」


「優秀すぎるであろう……一体いつの間に」


「それはともかくこれで立派に戦支度が出来ましたな。いざ戦場へ!」


 さて天王館を目指すとするか。



四釜田(しかまだ)の山中 鴎


 筒井内膳殿を逃がすため追手の面前に出る。こちらは三人に対して向こうは十人。まともに戦っては分が悪いため、支給されていた臭い玉と炮烙で撹乱し、江刺家の支配するこの四釜田へと誘導してきた。流石に和賀家の領外となる口内の集落を抜けると足を止め戻ろうとするのでそのたびに時間稼ぎで射ったりしていた。


 直接の戦闘はなるべく避けるよう頭からも若様からも厳命されていたため追われれば逃げる、追わなくなったら挑発を繰り返すといったところだ。まあ勝てそうではあったが、命じられたとおりに任務を遂行し生きて帰ることも忍びの大事な能力だとか。


 武士であれば死ぬことを良しとするが、我ら忍びはどれだけ恥をかき、泥を啜ろうとも生きて帰らねばならないという。


「どれ鷹と海猫は無事であるかな」


 小さく笛を吹くとガサガサと音を立てて二人の忍びが現れる。


「ふむ無事であったか」


「あの程度なら当然ですよ」


「江刺領内に捨ててきた」


 鷹は追手を始末してきたようだな。まあかまわん。


「それでは車館に向かうぞ」


「「はは」」

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