第二百十一話 和賀定行救出作戦 肆

車館 阿曽沼左馬頭守親


払暁の明るさに目を覚ます。


「見事な日の出じゃ」


 軽く伸びて顔を洗い近習を呼び着替えをしていると来内茂左衛門が呼びに来る。


「ほぅ筒井内膳が戻ってきたと。よし評定の間に通せ」


 評定の間に筒井内膳が入ってくる。後ろから和賀定行らがついてくる。


「左近将監殿、上座へどうぞ」


「お気遣い感謝するが、ここで良うござる。それよりも儂だけでなく峯や二郎まで助けていただき忝ない」


 下座に腰をおろし奥方や嫡男ともども頭を下げてくる。官位の高いものに頭を下げられるのはなんとも困ってしまう。


「お顔をお上げください。我らは小五郎殿の要請でお助けしたに過ぎませぬ」


 左近将監殿が愉快そうに顔を上げる。そこには戦のあとで儂を口汚く罵っていたと聞く男の顔ではない。


「ふふふ、こういうときはもっと恩着せがましくすればいいものを。当家の恥に付き合ってもらってすまない」


「くくく、ご心配なく。和賀様の土地を獲らせていただきますので」


「ふふふ、すでに定久に獲られたものだ好きにすればいい。しかし我らはそんなに安くはないぞ」


「そのほうが我らも落とし甲斐があるというもの。ところで左近将監殿、飯は食われましたかな?」


 思い出したように三人の腹がなる。奥方なんかは耳まで真っ赤になっておるわ。


「くっくっく。守儀、お三方と内膳に食事を出してやれ」


「準備は出来ているぜ」


 守儀がそう言って手をたたくと膳が四つ運ばれてくる。


「これは?」


「当家で取れた米に鮭です」


「これは忝ない……ん!この米は!なんて旨い!」


「この鮭も美味しゅうございます」


 四人は脇目も振らず箸を進める。これは落ちたな。


「如何ですかな、当家の飯は。無論毎日食えるわけではありませんが、米に関しては当家に臣従すれば籾を分けることはできますぞ」


「……ところで小五郎よそなたは阿曽沼についておるのか?」


「ああ、兄上を助けるのと引き替えにな」


「なるほどな……うむ。そなただけを阿曽沼にやるわけにはいかぬ」


「兄上どういうことだ?」


「定久を討ってくれるのであれば臣従を考えよう」


 そう言うと左近将監は残った米を鮭の皮でくるんで頬張った。



京 室町殿 足利義澄


「これは?」


「斯波が討ち取られたときに阿曽沼が使った弓でございます」


「この弓で兵部大輔(斯波詮高)が討ち取られたというのか?」


 陸奥で使われたという弓が評定の間に置かれる。


「いえ、乱戦で斬られたということです」


「ふん、勝敗は兵家の常とはいえ圧倒的に劣る阿曽沼なぞに負けて、足利の名に泥を塗ってくれるとはな。しかも兵部大輔から仕掛けてなど恥もいいところだ。で、その弩はどの程度のものなのだ」


「かなり軽く引けるようです。この弓自体は強弓くらいですな。おおかた子供が練習に使う程度のものでしょう」


 誰かの声にこの程度の弓も引けぬ弱兵に負けたのかという声も聞こえる。我らは武士であるので日頃からこの程度の弓は引けるというもの。


「こんな弓を使う弱小国人に負けるとはな……」


 いかに足利家発祥の地に居るとはいえこれではな。


「大樹、この弓は如何致しましょうか」


「さっさと壊してしまえ。見たくもないわ」


 そう言うや近習が弓を折り、下げていく。


「おそれながら、この阿曽沼某とかはかなりの戦上手の様ですが放っておいても良いのでしょうか」


 政所執事伊勢貞陸(さだみち)が口を差し挟んでくる。


「陸奥の田舎で如何様にしようとどうとでもなるであろう。万一板東に出てくるようなことがあっても其方の一門がおるやろ」


「はは、それもそうですな」


 いかに戦上手といえど忌々しい古河公方もいれば関東管領も小田原の伊勢もおるのだ。この大樹を揺るがすようなことはあり得ぬ。政所執事の心配性には困ったものよ。


「しかし万一はあります故、小田原には文を書いておきましょう」


「好きにせよ。おお、そうじゃ寡兵で我が一門を蹴散らした阿曽沼を呼びつけよ」

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