第二百十話 和賀定行救出作戦 参
車館 阿曽沼守親
「兄上はご無事であろうか」
「小五郎殿、早ければ夜明けにもこの車館に到達するはずだ」
「うむ、この俺としたことがいかんな。ところで阿曽沼様の隠密……保安局であったか、随分と優秀な者たちなのだな」
「あれは儂は殆ど関与しておらぬ」
あれは孫四郎の手駒であるからな。儂が命にも応じてはくれるが基本的には孫四郎を通じた指揮になっておる。いつか親であるこの儂の寝首を掻いてくるかもしれん。我が息子ながら恐ろしい童だ。
「あれを孫四郎殿が……」
そんな話をしていると極楽寺の方角から火の手が上がったのか夜空が紅く照らしだされる。
「む、極楽寺で何かあったか」
「くっ……兄上は無事なのか」
横目に小五郎殿をみれば暗がりで顔色はわからぬがかなり焦っているようだ。
「小五郎殿、気持ちはわかるが落ち着きなされ」
「ぐぅ、しかし!……いや、そうだな」
何度か大きく息を吐いて小五郎殿が落ち着く。
「果報は寝て待てと申す。然らずんば寝て待つこととしよう」
やれることはやっているのだ、ここで無駄に動いて動きが知られてはいかん。故事にならって寝るのがよい。
◇
極楽寺から離れた山中 筒井内膳
極楽寺を発ってしばらく山道を進む。お館様と行儀様はなんとか着いてこられているが、ご正室の峯様は足取りがかなり怪しくなってきている。皆様しばらく牢に入れられていたからか、すっかり足腰が弱ってしまわれたようだ。
寺から一里ほど離れた口内(くちない)で休む。昼間であっても道なき山を歩くのは大変だが夜とあっては殊更だ。すっかり峯様は座り込んでいる。海猫殿が川の水を汲んできたので軽く沸かし喉を潤す。峯様がうとうとしはじめるが、このまま寝て追いつかれてはならぬので行軍を再開する。
「奥方様、恐れ入りますが起きてくだされ」
「う、うむ。わらわは寝ておらぬぞ」
足元をふらふらさせながら峯様が立ち上がる。とてもあと一里あまりの山中を歩けるようには思えぬ。
「母上、私が背負いましょう」
「何を言う。儂が背負おう」
「父上はこの後にやることがお有りでしょう。そのときに疲労困憊とは参りませぬ。なに某は力が有り余っております故おまかせいただきたい」
「ぬかせ、元服したばかりの若造に心配されるほど落ちぶれては居らぬ」
「はぁ……殿!」
「ぬ、な、なんだ」
「ここは二郎の言う通りにされるのがよろしいかと。このままではわらわは足手まといになりましょうから二郎の背を借りることに致します」
「う、うむ、では二郎頼むぞ」
うぅむ我らが普段見る峯様はもう少しか弱い印象でござったが、どうやら違うようだ。海猫殿が枝を集めて背負子を拵える。これに峯様が腰掛け、落ちぬよう峯様を紐で括り付け二郎様が背負う。即席のものだから肩に食い込んで痛そうではあるが二郎様は涼しい顔で立っている。
「では参りましょう。車館までもう少しでございます」
とその時、後ろから足音が聞こえてくる。茂みの中で息を殺して様子を伺う。どうやら数人が寺の騒動からこちらにかけてきたようだ。
「探せ!遠野に逃げるとしたらまだこの辺りに居るはずだ!」
「兵部様!こちらにまだ暖かい焚き火の跡があります」
「よぉし、思った通りだ。しっかり探せ!」
くそ!もう少しで阿曽沼領にたどり着くと思ったのに!
「内膳殿、我らが時間を稼ぎます故、先に行ってください。鷹は右手、海猫は後方、俺はあの兵部というやつを狙う、鷺と雀は内膳殿と共にお三方を守れ!」
手早く指示を出したかと思うとあっという間に散っていく。少しすると遠くから火の手が上がり、注意がそちらに向く。
「では内膳殿、和賀の殿様、ご武運を」
「そなたらもな」
「う、うむ大儀である」
鴎が少し離れた茂みから兵部に襲いかかるのを見て我らは移動を開始する。
「まだ敵が来るかもしれませんので急ぎましょう」
雀と呼ばれた背の小さな者が気配を消して先行する。そして俺、殿、二郎様、鷺の順で道なき山をすすむ。時折物音で息をひそめることもあったが、東の空がすこし白みを帯び始めた頃になんとか峠を越え阿曽沼の領内に入る。
「もう大丈夫でしょう。あそこに車館の明かりが見えます」
一応後方を確認するが特に怪しい気配などは感じられず、救出作戦は成功した。
「鴎殿は無事であろうか」
「班長なら心配ない」
班長?また知らぬ言葉が出てきたな。なんにせよ信頼は厚いようだから待つしかないか。此度の戦が終わったら酒でも一緒にしたいものだ。
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