第二百九話 和賀定行救出作戦 弐
十二丁目城 和賀定久
「やはり阿曽沼はこちらに付かぬか」
「予想されていたので?」
「弟が阿曽沼に逃げているからな」
「ではなぜ阿曽沼に使いを送られたので?」
「大義名分という奴よ。花巻城の包囲はまもなく成る。斯波の援軍が来るようだが根子と高橋が横腹を突くのですぐには来られまいて」
花巻城を落とせなくとも稗貫の勢力はかなり削れるであろう。阿曽沼に敗れて家中のまとまらぬ斯波など敵ではない。阿曽沼はなかなかやりおるが、急激に広がった領地に対応が追いついておらぬようだ。稗貫の兵を使って慎重に攻めれば毒沢あたりは取り返せるであろう。
「御館様、阿曽沼の兵が安俵に入ったとのことです」
「数は如何ほどか」
「どうやら五百ほどのようです」
「ふむ、こちらに仕掛けてくる気配は?」
「今のところはございません」
五百であれば横腹を突かれればさすがにただではすまぬが、出てこないのであればまずは予定通りに花巻を攻めるべきであるな。
「阿曽沼の動きに注意しておれ!まずは花巻城を落とすぞ!」
「応!」
稗貫相手に今のところ優勢な戦をしているからか士気は高い。このまま攻め落としたいものだ。
◇
極楽寺近傍の山中 筒井内膳
「それで鴎殿であったかな、この『新月の霧作戦』とはなんなのだ?」
「若様のご趣味です」
「童殿のか……確かに今日は新月。そして我らは闇の霧のごとくと言う意味であろうか」
「さて……若様は名の意味を仰らないので」
しかしこの作戦名というのは面白いな。聞けばこういう隠密行動を行う際につけることがあるという。他の作戦名は聞いてみたが教えてくれなかったが童殿はなかなか面白い人物であるな。
ところでこうやってこそこそ動くというのは性に合わないかと思ったが、一緒に行動してみると意外と愉しいものだな。この作戦が終わったら保安局とやらに参加させてもらえんだろうか。
「俺の一存ではできない。保安頭様と若様の許可が必要だ」
「隠密をやるのに一番大事なのは何だ?」
「忠義だ」
忠義であれば武士である我らも負けぬと思うが我らの忠義と隠密の忠義とは少し違うようである。
「無駄話はここまでだ」
極楽寺まで目と鼻の先まで来たがここで茂みに潜り周辺の状況を探っておるようだ。しかし警護の者は門前の一人しか見えぬ。正面から掛かっても勝てそうであるがなんとも慎重であるな。
しばらくして他の隠密が集まってくる。どうやら警護の者はこの一人にもう一人が仮眠を取っているという。
隠密の一人が音もなく塀に飛び上がり、塀の中を確かめ合図を送ってくる。どうやら大丈夫なようだ。明後日の方向に警護の者の注意をそらし、鴎が警護の者を後ろから口を押さえ刃を立てる。もう一人が寝ている者の口を押さえ、刃を立てる。二人が事切れたことを確認し、くぐり戸を入る。
蔵に到達するとなぜか住職が立っている。
「そろそろだと思っておりました。こちらが蔵の鍵です」
この住職は一体何者だ……。疑念は起こるがこれ以上手荒なことをせずにすむのはありがたい。座敷の鍵を開けガララととを開けると少し痩せた御館様と御正室、それに嫡男の二郎行義様が爛々とした眼でこちらを見ている。
「お待たせしました。この筒井内膳、皆様をお救いに上がりました」
「うむ、待っておった」
「積もる話はございますが、急ぎ車館に向かいます。こちらにお着替えいただきたく」
三人分の黒衣と筒袴を手渡し、殿と二郎行義様は早速着替え始め、奥方様は衝立の向こうに隠れる。
「それではご案内致します。奥方様にはつらい道かもしれませぬが……」
「お気遣い痛み入りますが、これでも武家の女です」
「これは失礼致しました。では」
鴎を先頭に、殿(しんがり)に海猫という隠密が立ち、極楽寺を出る。門を出たところの死体に奥方様が小さくひっと声を上げるがすぐに気を取り直し寺をあとにする。すると蔵から火の手が上がり、寺が騒がしくなる。
あの和尚は本当に何者なんだろうな。疑問はあるが今は急ぎ安全なとこまで皆様をお護りせねば。
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