第二百七話 寺社に小学校をやってもらいましょう

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「さて集まってもらったそなたらにやってもらいたいことがある」


 書院に集まっているのは領内の和尚や神主共だ。坊主共は顔色が悪いがやはり肉食をしないからだろうか、それとも父上を筆頭として評定衆に囲まれるような配置になっているのが良くなかったか。


「では孫四郎頼む」


「は。父上に代わり俺が説明する。そなたらにやってもらいたいことがあってな」


 やってもらいたいことと聞いて坊主や神主共が周りの者らでがやがやする。


「やってもらいたいことはそう難しいことではない。各集落の子供たちに読み書き計算を教えてやって欲しいのだ」


 いろいろ考えたが庶民教育のために校舎を一々作るというのは難しい。ならばすでに各集落にある寺社を使わせてもらえばいい。女子教育は尼に依頼するのがいいかな。


「若様いくつか伺ってもよろしいでしょうか」


「申せ」


「はっ。ではまず何を教えれば良いのでしょうか」


「まずは先程の通り、かなを読み書きできれば良いのでいろは唄だな。そのあたりの細かいところは今後そなたらと詰めていこう。他は?」


「は。では幾つのものに教えれば良いでしょうか」


「今考えているのは就学期間は七歳から四年間だが、今まで教育を受けたこともないものがいるだろうから就学年齢は当面七歳以上でよい。年次で級をわけて各年次で内容も分ける予定だ」


「なるほど、書については承知いたしました。しかし算学は我らも教えられる程ではございません」


 算学についての話になったので公家でただ一人この評定の間に座っている大宮算博士が口を開く。


「それについては問題あらへん。あてが算学の書を拵えます」


「お手を煩わせますが、よろしくお願いします。そしてこの教育を統括する部署を文部省とし、算博士に文部卿になっていただく」


 文部卿という役職名も当家でのみ使われるもので、公のものではないが今更だな。なおこれまで使われていた大学は高等教育機関を指す言葉とする。そしてこの初等教育を行う教育機関を小学校、小学校と大学の間の中等教育機関が中学校だ。凡そ戦前の学制に近いものになりそうだな。


「なお、開始は来年の小正月が明けてからだ。また、春秋の農繁期は学校を休みとする。このあたりの細部はまた改めて通知する」


 年明け早々かとかこりゃあ大変じゃわいなどという声が聞こえてくる。散会となりぞろぞろと殆どの坊主や神主共が出ていくが、残っている東禅寺の和尚が声をあげる。


「東禅寺殿、如何なされた」


「民草に学を授ける、大変良いことかと存じます。文殊菩薩様もお喜びのことでしょう。ところでその学校とやらを行うに、どのような利点がございましょうか」


「利点……か。当家は貧しく弱い。先年の斯波の戦いは向こうが油断したからこそ得られたものである。今後は油断を期待するのは難しい。さすればこの遠野が富まねばならぬが、生憎と今の我らだけでは手も足も頭脳も足りん。それに我らが富んでも民が富まねば続かぬ」


「つまり若様は他領と較べて足りぬモノを埋めるために学を民草に与えると」


「そう取ってもらって構わん」


「そしてそれこそが民草の安寧につながると考えておられるのですね」


「すぐには生らぬ実ではあるがな」


 転生者だけでは数が少なすぎてできることが限られてしまうのだ。それなら時間は掛かるが教育を普及させた方が結果として早道になるだろうし応用も利く。


「感服し申した。とても齢八つとは思えませぬ。殿、若様、この拙僧でできることでありましたならば何なりとお申し付けくださいませ」


「あ、ああ。頼む。しかし孫四郎がそこまで考えておったとは……」


「末恐ろしい童だな……」


「こやつ本当に童かぁ?狐か狸あたりが化けてるんでねぇのか?」


 父上や守綱叔父上はちょっと引いている。守儀叔父上はおよそ子供らしくないということで人間かどうか訝しんでいるが、前世の記憶が残っているだけの普通の人間です。他の評定衆はやはり神童かといって畏れている者までいる。毒沢彦次郎丸はめんどくさそうな顔だし大槌得守はくつくつ声をこらえて笑っている。


「それでは殿、これより麿は帝の臣であると同時に阿曽沼の臣となり申そう」


「お頼み申す」


「ほほほ、とりあえずあては小菊とともに算学の手習い本を作って参ります。方丈殿、そなたも来ぬか。いろはの手習い本も作らねばならぬでな」


 本がたくさん必要となると木版印刷なんか作った方がいいかな。あれ、そういえば活版印刷って明治時代まであんまりなかった気がするけどなんでだっけか。漢字が多すぎるからかな?


「ところで若様」


「清之どうした」


「あぁ、いえ他の役職はお作りにならないので?」


「例えばどういうものだ?」


「兵をまとめる兵部などですな」


「兵部な、考えてはいるが一度にあれもこれもと言うのは難しい」


「ちなみに兵部は誰を頭にするつもりだ?やはりこの守儀様か?」


「守儀叔父上は他にやっていただきたい部署がございますのでお任せするとしたらまずは守綱叔父上かと。それ以外により優秀なものが居ればその限りではございませんが」


「俺より優秀な者か。そんな者が居るならば喜んで譲ろう。そなたらで俺に挑む奴はおるか!?」


守綱叔父上の徴発に皆目をぎらつかせる。


「いい目だ。次の戦が楽しみだな」


とそのとき和賀の使者が来たことが告げられる。


「早速戦がやってきたようだな」


父上がニタリと口角をあげた。

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