第二百五話 蝦夷から来た姫は麻が欲しい

大槌城 大槌十勝守得守


 今年は予定外に早く蝦夷航海が終わってしまったので時間が出来てしまった。しょうがないのでドライドックに適した土地を選定に見回りに出る支度をしていると華鈴がこちらにやってくる。


「イッショシタイ」


「町を見に行きたいのか?」


 少しこちらの言葉がわかるようになった華鈴が大きく首を縦にふる。


「華鈴さん、奥になるのですから、文字も言葉も作法なども覚えていただかないといけません」


 母上がため息をつきながらやってくる。どうやらお稽古が大変で逃げ出してきたらしい。


「母上、おなごはこれくらい快活であるのが良いのです。というわけで華鈴行くぞ」


「あ、これ!孫八郎!お待ちなさい!」


 声を荒げる母上を尻目に華鈴を抱いて視察に出る。まだ馬に慣れないのかガッチリ抱きついているので、乗りにくいのだがまあ心地は悪くない。そうして二人乗りのまま大槌の町を歩く。


「おお殿様、今日は姫様とご一緒ですか」


「あらぁ姫様、羨ましいわぁ」


 大槌の民草が思い思い声をかけてくる。一部の女子衆は俺の膝に抱かれている華鈴を羨ましげに見つめている。それに対し華鈴は気づいていないのか、町並みをキョロキョロ見回すことが多い。やはりこれだけ人が集まっているというのが珍しいようだ。


「トノ、アッチ」


 何か気になるものがあったようで、迫又(はさまさ)のあたりを指差す。あちらには麻畑とその麻をほぐして糸を取り出す工場があるくらいだ。せっかくなので久しぶりに顔を出してみる。


「おや、殿様珍しいね。今日は姫様も一緒かい」


「あらぁ美人な姫様ねぇ。うちのバカ息子にもこんな嫁の来てがあればねぇ」


 妻を褒められて悪い気はしない。そんな軽口を叩く婦人たちが湯気で蒸し暑い工場内をやいやい言いながら切り盛りしている。そんな灰汁で煮た麻を取り出して叩いてほぐす工程を華鈴はまじまじと見つめている。


「姫様はずいぶんと興味をお持ちのようですな」


「トノ、ベッチャロ、コレホシイ」


 糸が欲しいのかと聞けば欲しいというがもっと欲しいものはこの糸を作る工場そのものだという。確かに寒い北海道なら少しでも布が多いほうがいいかもしれない。それに平地の少ないこの土地よりは北海道に持っていったほうが大量生産できるだろうし。


「わかった。今度若様にお伺いを立てて許可されたらな。それにまずは麻がちゃんとベッチャロで育つかの確認からだぞ」


「ヤッタ!トノダイスキ!」


 首に飛びついてくるがこの時代はまだこのような直接的な感情表現は一般的ではない。前世でも一般的ではなかったけど。しかし一部の若い女子衆のいくらかは口に手を当て頬を朱くしていた。


 寄り道したが、ドライドックにできそうな土地を見に海辺へとでる。大槌川の河口沿いに作るのがいいかもしれないが大型船が増えてくると手狭になりそうだ。ゆくゆくはアルセナーレ・ディ・ヴェネツィアのような美しく巨大な造船所にしたいのでもう少し広い所が良い。広い土地が得られて波の穏やかなところとなると大槌湾よりも明神崎が天然の防波堤となる山田湾のほうがいいか。小国彦十郎殿にも話をしておいたほうが良さそうだな。


「よし、では少し駆けるぞ。華鈴、しっかり掴まっておれ!」

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