第二百四話 混迷の稗貫
高水寺城 斯波孫三郎(経詮)
「なに、売れなかった?」
「はい……いえ、持って行ったいくらかは売れましたが、殆どが残っております」
やはりシンプルすぎたか。道具があれば誰れも作れてしまうからな。しかしおそらく転生者だろう阿曽沼はどうしているのだろうか。話に聞くと鉄砲まで用意したというからこちらよりだいぶ進んでいる。鍛冶とか火薬の製造は一体どうしているのだろうか。
「そなた篠屋だったか、商人なら知っているだろう。阿曽沼が何で稼いでいるかを」
「阿曽沼ですか……紙を作らせていると聞いております」
「紙?なぜ紙なのだ」
紙なんて安くありふれたものを作ってそんなに資金源になるのだろうか。
「斯波の御所様ではお気づきにならないかもしれませんが、紙は貴重品でございますので」
まじか……この時代では紙は貴重品なのか。なるほどそれに紙ならあまりかさばらないので運びやすいな。なるほど、阿曽沼の転生者はよく考えているようだ。紙であれば阿曽沼でも出来たんだ当家でも当然できるだろう。小学校のときに牛乳パックからはがき作りとかやったし似たようなもんだろうしな。もしできないなら力押して阿曽沼から奪えばいいか。地力はこちらがはるかに上なんだし。それよりまずはいちいちうるさい一戸や九戸の連中を不来方(盛岡市周辺)から追い出して、その後に阿曽沼の技術を奪ってやろうじゃないか。その頃になれば俺も元服して兵を率いる事もできるしな。
◇
花巻城 稗貫右衛門佐晴家
「ご注進!ご注進でござるぅ!急ぎ殿に取次を願う!」
矢が数本刺さった甲冑姿の若い武将が馬上から声を張る。ただならぬ気迫に近くに居た雑兵は慌てて知らせに行く。
「根子大学が一揆にござるぅ!」
稗貫の重臣である根子氏が挙兵したという報せを受けて花巻城は途端に騒がしくなる。
「誰かと思えば十二丁目主水正ではないか。根子めが謀反とは誠か!?」
「これは亀ヶ森図書殿、謀反は誠に御座る!湯ノ館(ゆのたて)の高橋駿河守めも呼応しておる!」
「な、なんと!急ぎ殿に報せに行くぞ。主水正、そなたも来い」
ダダダっと廊下を鳴らしながら評定の間に駆け込むと、十二丁目氏の姿に稗貫晴家が目を剥く。
「その姿、根子めが謀反したというのは間違いないようだな」
「は、根子の他に遠く笹竜胆紋が見えてございました」
「なに?」
稗貫晴家が気色ばむ。笹竜胆紋であればそれは和賀氏の紋であり、つまりは和賀に呼応したか唆されたということだ。
「すぐに兵を集めよ。和賀を迎え撃つぞ」
「殿、斯波様に援軍を頼んでは如何でしょうか?」
「来てくれるであろうか」
「来ないならばそれまでということです」
「それはそうだな。よし、具足を持て!逆賊を討つぞ」
◇
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
「で、斯波の嫡男は紙を作ろうというのか」
「そのようです」
「そう来たか、となると少し厄介かもしれんな」
「厄介……ですか」
「少なくとも間抜けでは無い。このままだといずれ攻められるだろうな」
利が薄いとなるとこちらのまねをするとはな。さすがに高炉を作るのは無理だろうが地力は向こうが格段に上であるので、あまり悠長に構えても居られない。
「左近!」
「ここに」
今回は趣向を変えたのか茶を入れてきている。
「おお、旨い茶だ。どこの茶だ?」
「駿河でございます」
静岡茶か。こちらも石巻を手に入れたら茶を作りたいな。
「それはそうと若様、稗貫と和賀が戦を始めたようです」
「ほぅ……斯波はどちらに着いた?」
「それがどちらにも兵を出して居らぬようで」
「なぜだ……葛屋よ、何か聞いていたりはしていないか」
湯飲みを置いて葛屋が口を開く。
「斯波の各家臣の皆様から兵糧を所望されましてございます」
「斯波も当主が死んでかなり不安定ということか……?」
「そのようでございます。重臣らには手下を送り込んでいますがどうやら、斯波孫三郞様の値踏みをしておる様子です」
当主が負け戦で討たれるとこうも脆弱になるものか。今のうちに兵を出して横やりを入れられればいいのだが。
「いい機会だが……兵を出せぬか父上に提案してみよう」
上手くいけば稗貫か和賀の領地を幾ばくか削り取れるかもしれないな。
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