第二百三話 釜石に製鉄所を作るのはまだまだ先です

「孫四郎よ、そなたが実に愉しみにしておったので来てみたのだが、これはどういう意味があるのだ?鉄が溶けただけであろう」


 ピンときていない父上から疑問がくる。


「父上、これまでは砂鉄を使っていたので吹き上がらないように弱い風を入れるしかありませんでしたが、これは石を投げ込むので強い風で窯を熱することができます。そうするとより大きな窯で鉄を作ることができるようになります。また、いちいち壊さなくとも鉄が得られるという利点もございます」


 これまでのたたらで使っていた船は強い空気を押し込むと砂鉄が舞い上がってしまうため横に細長い。それと鉄塊を取り出すために船を毎回壊していたのでは非効率だ。それに対してこちらは鉄鉱石を使えるのでいくらでも強風が送り込めるし、点検整備が必要だが壊さなくてもいいので経済的だ。

 たたら自体は優秀な製鉄炉なんだけどね。


「ふむなるほどな」


 ホントにご理解いただけただろうか。まあたくさんの鉄が得られやすいということだけ理解しておいてくれればそれでいいか。


「ちなみに今水をかけて冷やしている鉄は銑(ずく)なので、ここからはたたらと同じように叩いて鋼を得ることになります」


「叩くのでは結局今までと変わらぬのでは無いか?」


「はい。ですのでこの銑を再度溶かして鋼(はがね)にする設備をこれから用意することになります」


 それにはこの橋野の土地は狭くてだめだな。水が得られて、反射炉に使う石炭を下ろす土地も必要だからやはり釜石か。


「なあ弥太郎、釜石に移せんか」


「まだ無理ですな。燃料である炭を運ぶのが大変ですのでしばらくココで作るほかありません」


 がーん。確かに炭を大量に使っているので、炭を運ぶコストが高くなってしまうと。やっぱ化石燃料は正義だな。早く石炭を使いたい。



 そして我ら同様に食い入る様に見つめるものが1人、三千代が興味津々に見つめている。


「三千代、そなた鉄に興味があるのか?」


「ハイ!トテモ!」


「ふむ。手は足りんから弥太郎には話を通しておこう。しかしまずは我らの言葉を覚えてからだぞ」


 三千代はこちらの言葉は理解できているようだ。こいつずっと黙ってるけどもしかして日本語通じるのだろうか。


「何か日本語を話せるか?」


 話を振ってみたが困惑した表情を見せるばかり。


「ふむ……。すまんちょっと席を外す。三千代はこっちに来い。清之と得守は少し離れたところで近づくものが居ないか見張っていてくれ」


 周りから離れたところに移動する。清之はいつでも斬りかかれるように柄に手を置いている。


「人払いはしたぞ。我らの言葉が話せるのなら話してくれ」


「ふぅ、漸く日本語を話せる……。改めましてサンチョです。阿曽沼の嫡男様は転生者とこちらの世界に来るときに伺っております」


「ほう、そなた転生者か。しかしなぜ黙っていた」


「いやあどんな人かなっていうのと、本当に転生者なのかなっていうのとで」


 なるほど半信半疑だった訳か。洋式帆船を使っている時点で確証を持って欲しかったんだけどな。


「実際に高炉のようなこの時代にはないものを見て確証に至ったと」


「そういうことでございます。ところで鉄砲はもうあるのでしょうか?」


「もちろんだ。鉄砲や大砲にする鉄が足りぬので高炉を拵えた」


「なるほど、そういうことなんですね……」


「で、そなたは何ができる?」


「いやあ、なにがといいますか前世は漁師の家でしたんで、本当は街でもっとキラキラした仕事したかったんすよ」


 キラキラした仕事か……。都会のしがないサラリーマンでしか無かった俺からすれば漁師のほうがよほどキラキラしているように見えなくも無かったがな。


「漁師で無かったら何がしたかった?」


「それは……よくわかりません。漁師以外の何かをしたいなと思っていましたが、俺は長男でしたし継ぐしか無かったので」


「ちなみになにを扱ってたんだ?」


「主に秋刀魚でした。最後の頃は不漁続きで火の車でしたね」


「なるほどな。今生では漁師はせんのか?」


「悪くはないのですが、先ほど申しましたように漁以外の仕事がしてみたいってのと、漁の最中にぶつけられて土左衛門になっちまいましたんで地上での仕事がしたいなと」


 土左衛門か……それはちょっとトラウマものなんだろうな。


「わかった。それならそなたは弥太郎の元につけよう。実はあいつも転生者だ」


 特に知識は無いようだが、追々身につけてもらうことにしよう。弥太郎には他にもいっぱい仕事があるからな。


「えぇ!嫡男様だけではないのですか!」


「おや、気づかなかったか。ついでにいうと得守もそうだし、雪もそうだし、遠野に残っている毒沢彦次郎丸もそうだ。まあその話は追々しよう。そなたがここに来た理由もその時に聞くとしよう」


 驚いたまま止まっている三千代をおいて清之に声をかける。


「すまなかったな」


「何をお話しになっていたので?」


「なに大したことではない……いやあやつがずいぶんと高炉に興味を持っているようだったからな声をかけてみたのよ」


「左様でございましたか。あの者は若様に無礼を働いたりも無かったでしょうか」


「うむ。問題ない。これからしっかり働いてもらうことを話していたのだ。それより今日は祝いだ。山の神様にできた鉄を奉納しよう。祭壇を持て」


 翌日左近が久しぶりに山伏の格好で祝詞をあげ鉄のインゴットを奉納する。これからの製鉄業の発展を祈り、事故が無いよう祈る。神様に届いているかはわからないけども。

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