第二百二話 初めての出銑
橋野 大槌十勝守得守
高炉が完成したと言うので若様に誘われて藪蚊に食われながら橋野を目指す。殿や閉伊郡の国人領主らももちろん参加している。
「若様ずいぶん刺されちゃって……」
「そういう雪も結構食われているぞ。ほれこことか」
「あ、若様ちょうどいいわ」
白星に二人乗りした若様と雪殿がいちゃついているのを見せつけられる。浜田殿は慣れているのかニコニコしているが、こちらとしては何を見せつけられているのかと。華鈴殿も困ったようにこちらを見あげてくる。華鈴殿はまだ馬に乗れないので俺が抱える形で二人乗りになっている。
笛吹峠を越えて青ノ木川のほとりまで出てくる。ここから右手の谷に入っていく。
「若様、このような谷に作っているのですか?」
「うむ。手が足りんのでこのあたりの木はまだ切っていないようだ」
「他所のものに見つかるかもしれませぬよ?」
「見つかっても再現できるわけでもないから構わん」
そのあたりのことは俺にはわからないけど、若様がそういうなら平気なのだろう。こちらとしては鉄船を作れるくらい鉄が得られるかどうかくらいかな。街道筋から入っていってしばらくすると何か建っているのが見える。
「これが高炉とやらか?」
お館様が大きな建物を見上げ、つられて俺達も見上げる。
「すごく……大きいです」
高さは20尺あまりという。大きな建物が少ないこの時代だと大きく感じる。これを高殿と呼んでいるそうだ。
「お館様、若様、皆様ようこそお越しいただきました。これより火入れを行います。よし、炭を入れていけ!」
半分ほど炭を入れたところで点火し、火を回していく。
「よし、鞴も今のところ順調だな」
山から引かれた水路に水車が置かれ、ゴットンゴットン規則正しく音が響く。どうやら水車で爪を押し上げ、空気を送り込んでいるようだ。しばらくすると真っ赤な火焔が高殿の天井に映る。
「炭を炉いっぱいに投入せよ!」
かけ声とともに炭をかごいっぱいに背負った男たちが高殿を上り、炭を投げ入れていく。炭が炉いっぱいになったらしばらくそのままだ。
「よし、鉄の石を入れよ!」
鉄鉱石を入れ、木炭を入れ、また木炭を入れ、を繰り返している。
「ここから数日かかりますので、皆様はそちらの粗末ですが小屋にてお休みください」
若様は残ろうとしていたが浜田殿に担ぎ上げられて小屋に入れられる。まだ数えで8歳なのだから無理なんて出来ないしさせられない。それでも駄々を捏ねていたがお館様から拳骨を食らって黙ってしまった。まるで駄々っ子のようだったな。
◇
橋野高炉 阿曽沼孫四郎
父上に拳骨を食らってしまった。痛い。頭を擦っていると呆れたように雪が声をかけてくる。
「若様が頑張るのはあそこではないでしょ?」
「むぅ……それはそうだが」
「ほら若様はたしかに統括者で総責任者だし、鉄が重要なのもわかるけど、だからといって何日も高殿のそばに張り付いていられないでしょ」
雪から正論で諭される。正論だから反論もできない。
「もうそんなブスッとしないでよ……」
泣きそうな声に慌てて振り向く。
「ニヒッ」
そこにはニタァとした雪の顔。まさにしてやられた。まあお陰で気持ちがリセットできた。もうホント頭があがらないな。
それから5日間、昼夜問わず鉄鉱石と木炭が投入され続け、ついにその日が来た。
「それではこれより湯口を開けます。危ないので離れていてください」
じ、じ、じ、と高炉から音がする。鍛冶師がいうにはこの音がたくさんなるほど良い鉄が得られるという。牛革の防護衣に身を包んだ弥太郎が湯口の蓋らしいレンガをはずすとドロドロに溶けた鉄が、ゆっくりと出てくる。
「おお!やった!やったぞ!」
湯口から溝の掘られた地面へと銑鉄が流れ出る。鉄が流れ出て来る様を見て弥太郎が飛び跳ねるように喜んでいる。
やったぞ!しかし俺は俺で弥太郎に負けず興奮している。これで近代製鉄に大きな一歩を踏み出した。まだまだ整備しなければならないものは多いがとりあえず弥太郎を労わねば。
「よくやった、弥太郎!」
「はい!はい!しかし若様これからはこの炉をより効率的に使うため、試行錯誤になります」
昔、いや前世で鉄の作り方の本を読んだがもうすっかり忘れてしまった。確か数日かけて炉を熱するとかあったような……。鉄鉱石と木炭の投入位置も分けた方がいいとかあったかな。
そのことを弥太郎に話すと、出銑時期の確認も含めそれらを検証するためにこれから数日連続操業してその後いったん解体するという。
「しかしとりあえず今日は休め。そなたに倒れられては元も子もない」
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