第二百一話 稙宗は揚げ物が好きになりました

梁川城 伊達高宗(稙宗)


 最近は毎日のように揚げ物を作らせている。おかげでずいぶんと揚げ物が旨くなった。


「今日の揚げ物はなんだ」


「本日はいい鱚が手に入りました」


「ほほぅ。では早速頂こう」


 毒味で冷えてしまうので目の前で揚げさせている。揚げたてのものに塩を少しつけて食うと旨味が際立って実によい。サクッと小気味良い音を立てて鱚を頬張る。ホクホクした白身の味がうまい。ついつい酒が進んでしまう。この阿曽沼から貰った盃でのむと彫り物が見事だからか不思議とまずい酒もうまく感じる。おそらくこの見事な彫金のおかげであろう。


「殿、蔵の油が無くなりそうでございます」


「それなら油を買って来ればよかろう」


「そ、それが城下の油屋にはもう油がないと……」


 ちっ、油屋に油がなければ買いようがない。揚げ物が食えないとなると少しイライラするな。


「この城下にないなら他の町か村から買って来い」


「は?」


「いいからさっさと買ってきやがれ」


「ははぁ!」


 糞が使えないクズめ。せっかく旨い物と酒で気分良くなっていたのが台無しだ。いらつく頭を沈めようと酒をあおる。酒を注いでいるのは、つい先日、蘆名より正室に迎えた泰子で、俺の盃にずいぶんと興味があるようだ。


「どうした。この盃が気になるか」


「ずいぶん立派な盃でございますね」


「そうであろう。阿曽沼の嫡男から贈られたものだ。これで飲むと酒が一段と旨くなる。そなたも飲んでみるか?」


「よろしいのですか?」


「なぁに俺の正室なのだから気にするでない」


 そういって盃に注いでやると、泰子がくいっと飲み干す。


「おお、そなたもいける口だな」


「ほほほ。とても美味ですね。なんといいますか少し甘みがあるような」


「であろう。全くなかなかめざとい童だ。……それはそうと義父殿と義兄殿はどうなっておるのだ?ずいぶんと仲が悪いと聞いておるが」


 話を振ると泰子が悲しそうな顔になる。


「どうも父も兄も兵を集めてにらみ合いになっているようです。結城様が調停を買って出てくださったようですが収まらず、いつ戦となってもおかしくは無いと聞いております」


 家臣の扱いについてはじめは重臣同士で反目し合っていたのがいつしか親子間で軋轢になってしまったそうだ。しかし猛将で知られる修理大夫殿(蘆名盛高)と同じく武勇の誉れ高い遠江守殿(蘆名盛滋:あしなもりしげ)の戦であるので、実に興味深い。どちらが勝ってもおかしくは無いだろう。落ち延びるようなら当家で匿うのも悪くない。


「当家が横やりを入れられることではないが、もしどちらかが逃れてくるようであれば我らを頼ると良い」


 蘆名が揺れている間はこちらには牙を向けまい。その間に最上などを食い破ってやろうか。


「ところで殿、お願いがございます」


「どうした」


「そろそろ胤が欲しゅうございます」


 酒のせいか言葉のせいか耳まで朱に染めながら泰子が言ってくる。斯様にいわれて何もせぬというのは男が廃るというもの。最後に一口飲み干して閨に入る。

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