第百九十八話 鼈甲飴

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「今回の賭けは引き分けかな」


「私のほうが優勢に見えたけど……しょうがないわね」


 ぶっちゃけもう賭けの内容に興味が失せている。引き続き書院で得守の報告が続く。


「ところでその者らの名はどのように書くのだ?」


 父上の質問に得守がささっと四人の名前を描いていく。あちらには漢字はおろか仮名も無いはずだから得守が与えたのだろう。それぞれの名を見せてもらうが、サンチョとやらの当て字がかなり苦しいな。


「ふむ、華鈴とやらが得守の妻になり、その付き人が希瀬、そちらの名代が穂沼で、最後のが三千代か。なかなか良い名ではないか」


 引き続きベッチャロに付いて詳しく話を聞いていると守儀叔父上が菓子を持って入ってくる。


「おうおう、なかなか盛り上がっているな。神童殿に聞いて作った鼈甲飴を持ってきたぞ」


 砂糖が少しずつ溜まってきたから、守儀叔父上がいるときに台所を借りて鼈甲飴を作ってみたのだ。カラメルにするだけなので焦がさなければ簡単に作れるのも良い。しかも俺が作ったものより格段にきれいだ。さすがは叔父上。


「鼈甲のような色合いの飴か。どれどれ……おお、これは甘くて美味いな」


 うむ、砂糖の甘さにカラメルの香りがウマイ。


「ねぇ、若様のことだから以前に作っていたんでしょ?なんで黙っていたの?」


「ん、この間な。高炉建設している者らに終わったら褒美として振る舞おうと思ってな」


 貴重な砂糖なので滅多に口に入れる機会がないので、褒美として与えるようなものだ。うん、甘さのなかにほんのり香ばしさと苦味があって実に旨い。


「うぅぅ、今度なにか作るときは私にも言ってよね!味見してあげるから!」


 あー雪さんが甘みに飢えてしまっているようだ。前世みたいに簡単に甘味が手に入らないから仕方がない。


 そして周りを見てみると、皆貴重な砂糖菓子を食えるというので大事そうに口に入れるもの、油紙に包んで持ち帰ろうとする者もいる。そしてベッチャロから来た四人は口に含んでびっくり仰天している。


「!?!?」


「これは飴という食べ物で、その味は甘いというのだ」


「アメ、アマイ……」


 片言でベッチャロ勢が反復する。きっと脳のシワに深く刻みつけられたことだろう。さらに葛屋が買ってきてくれた茶がよく合う。


「はぁ……」


 ほっとするな。


「なんか若様おじいさんみたい」


「何いってんだこんな幼気(いたいけ)な子供を捕まえておじいさんみたいはないだろう……」


 一息ついたあと報告が再開される。


「なるほど、村はベッチャロというが、その周りはウララポロというのか」


「そして攻めてきた者はシベチャリという国の者ということか」


 シベチャリ……日高山脈の西側ということは日高とか苫小牧の辺りなのか。あの辺りに有名なアイヌ部族が居なかったか雪に聞いてみると、シャクシャインが日高あたりだったと思うとのことだ。


 シャクシャインはあれだ松前藩の商場の交易レートが酷すぎて蜂起したやつだったな。完全になくすことは無理だが、なるべく融和路線で行きたいものだ。松前藩の前身たる蠣崎も数年前にコシャマインとの戦をしたと言うし米の取れぬ地で苦労も多いのだろうが、気候もあって基本的に苛政なんだろう。


 最終的に蠣崎との戦になるかもしれんが、その時はその時。戦国時代らしく戦で勝負をつければよかろう。


「してベッチャロの近くにはトカプチという大きな川が流れており、河口付近はウララポロであると」


 聞いているとどうやらトカプチは十勝川とのことでウララポロは浦幌のことかな。とりあえず硯を持ってこさせて紙に認めていく。


「十勝に浦幌とな。ベッチャロは別茶路か」


「は、多くのものに勝てるよう十という文字をあててみました。ウララポロは霧が多いとのことで霧を幌になぞらえて見たものです。別茶路は音を当てただけですが」


 少し父上が腕を組んで考える。何を考えているのか分からないが。


「おし、そうだな。この十勝川がどれほどの川かわからぬが、この川が流れる地とその周辺を十勝ということにしよう。して得守よそなたは十勝守を名乗るがよい」


 勝手に地名とか官職作っていいのかと思ったが俺も同じことしてるからいいか。そして別茶路に残った狐崎鯛三には浦幌介を与えられそれぞれ十勝地方を拠点として蝦夷地の探索と浦幌地域の開発が命じられる。


 官職を得、更には代官ではあるものの広大な土地を得られるとなれば、各武将の目つきが先程の嫁探しより一層鋭くなる。これで蝦夷地開拓に弾みが付くだろう。そうなれば融和策を取ろうともその土地のものらと戦が起こるだろうから、そちらもしっかり備えねばな。

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