第百九十五話 アイヌの神は窓から入ってくるそうです

大槌城 得道


「む、あの船は……得守めずいぶん早いではないか」


「本当ですね。今回は長くなると言って出ていったはずですのに」


 梅雨の晴れ間の海風が屋敷を心地よく吹き抜けている。白い帆をたたみながら湊に着く。

「帰ってきたときには弟か妹ができているはずだったのだがな」


 最近、腹が膨れてきた妻の波江がほほほと機嫌良く笑う。


「なにか人だかりになっておるな」


「今回はどんな珍しいものが手に入ったのか、皆興味があるのでしょう」


 それもそうだ。前回は山のような量の鮭などを積んできたわけだが、今回はそのような荷はあるが、前回ほどではないようだがまた何か珍しいものを持って帰ったのだろう。


「では城に戻ってくるまでゆっくり待つとするか」



大槌得守


「この地、ウララポロにもう少し居たかったが仕方が無い」


「頭、すでに出港準備はできています」


「そなたは波平だったか」


「はい。鯛三様に拾い上げていただいたので、本当は私も残りたかったのですが……」


 そうか鯛三の拾い上げた者か。なかなかに皆を仕切るのが巧い。今後の成長が楽しみな船乗りだ。


「よし、それでは乗り込むとするか。ホヌマ殿、カリン殿、キセ殿、サンチョ殿も準備はよいか」


 4人は初めて乗り込む船に表情が硬い。


「どうした。船に乗らねば我らの地には来られんぞ」


 通じたのか通じないのか、そう言ってみてもなかなか足が出ないようだ。我が地に興味があっても船というのに抵抗感が強いのかもしれないな。


「仕方が無いな。ほれカリン殿、手を取ってくだされ」


 タラップに横付けし、カッコに手を差し伸べるとおずおずとその手を取ってくれるが、何というかうぶくてエモい。手すりは縄で安定しないからかこちらの腕にすがってきてさらにエモい。


「では足下に気をつけてゆっくり上がりましょう」


 こちらの言っていることがわかるかは知らないが、一応一言述べてからタラップを上る。あとから何か決心したようにキセ殿が続き、サンチョ殿もおっかなびっくり上ってくる。ホヌマ殿は首を横に振ってなかなか上ろうとしないので波平がケツを蹴り上げて追い立てるように上ってくる。


 俺が使う執務室や近習の使う部屋は個室になっているほかはほとんどが蚕棚のような三段ベッドに菰を敷いているだけだ。そんな船室も4人からすれば珍しいので、興味深そうに眺めている。


 軽く船内の説明を行い最後に船尾楼の執務室および近習の待機部屋の前にくる。


「すまぬが、カリン殿とキセ殿はこの執務室を使ってくれ。ホヌマ殿とサンチョ殿は隣の待機部屋で寝起きしてくれ」


 どちらも最低限のスペースしか無いから二人だとやや手狭だが仕方が無い。こんなことなら来賓用の公室を設けておくんだったな。


「殿はどうなさるので?」


「なぁにたまに蚕棚で皆と一緒に寝るのも悪くない」


 たまには雑魚寝というのも悪くはない。とりあえず今日気づいたことは航海日誌に書いておかねば。前世ではいやというほど船に乗っていたのに、すっかり忘れているな。


 出港の準備が終わったため最後に神棚で手を合わせ、航海の無事を祈る。俺たちの行為を四人が見に来る。


「オーツチ、ナニシテル?」


「これはこの船の神に航海の無事を祈っておるのだ」


「フネノカミ?」


「そうだ。そなたらと違い我らの神はいろんなところに御座す。つまりはこの船にもその周りの海にも神がおられる。それらの神々のご機嫌を取って無事を祈るのだ」


 ホヌマ殿が変わらず不思議そうな顔をしながら他の3人に説明している。他の3人も驚いているようだ。


「カミサマ、フネ、イル?」


「そうだ。我らの神はその場におられるのだ」


 家の外から神が入ってくる蝦夷の民の宗教観からすれば、その場に神が居られる我らの考え方は不思議なことだろう。


「オレタチ、イノル、イイカ?」


 4人で何やら話していたがどうやら我らの神に手を合わせてくれるようだ。


「もちろんだ。それでは我らももう一度祈るか」


 我らの仕草を見様見真似で祈ってくれる。


「これできっと神々も気分よく我らの航海を送り出してくれるだろう。さ、では甲板にでて手を振りに行こう」

 

 このウララポロに残る者、そして帰郷する俺達もだが、次の航海まで生きているかわからんがお互いの無事を願い船は大槌を目指す。

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