第百九十三話 ベッチャロの戦い

ベッチャロ近郊 大槌得守


「状況はどうか」


「は。今のところ落ち着いています」


 とりあえず次の襲撃までは間があるかな。


「そういえばそなたの名を聞いていなかったな」


「保安局の鶴次郎でございます」


「保安局か。若様からなにか指示を受けておるのか?」


「こちらに移り住み、言葉を学び、また我らの言葉を教えるよう指示を受けております」


 なるほど通訳をできるようにしようということか。


「よし、鯛三!」


「はっ!」


 呼ばれて返事をするは、狐崎の三男坊である鯛三(たいぞう)。嫡男は釜石に残っており、間もなく元服し家督を継ぐ予定になっているので三男のこいつにお鉢が回ってきた。


「敵がどれほどの数で来るかわからん。俺は一度戻って増援を……」


 と話しているときに法螺貝が吹かれる。しばらくは来ないと思ったが、こちらの推測なんて希望的観測でしかないな。


 菰を上げ、外に出ると伝令が走ってくる。


「数は?」


「およそ二百」


「よし、支度せよ。逃げ遅れたものはおらぬか」


 とりあえず出来る範囲で柵を強化している。そうそうやられはしないだろう。

 櫓に上がり見れば数人だけ革鎧を着ているものが居る。あとのものはあまりやる気を感じられないので近くの村から連れてこられたのだろう。それと一人が一番後方にいる者になにか話しているがなんだろうな。


「漸く本隊の御出座だな。あの一番うしろで鎧を着ているのはおそらくシブチャリの偉いやつだろう。それに話しかけているのは?」


「あれは前回逃げていった者のようですな」


 なるほど。何を話しているかまではわからんが、かまわん。


「よし、あの一番うしろのやつを狙え」


「よし!今回は俺が貰うぞ!」


「他の者も鎧を着ている奴等から狙え」


 弓を構えたところで話しかけていた男が逃げ出し、鎧の男が捕まえようと追いかけ、その背中に矢が生える。振り向いたところで今度は足に当たり倒れ込む。それを見て何人かが逃げ出す。


「おっと、ちょうどいい。このまま生け捕りにするぞ!皆用意はいいか!」


 待ってましたとばかりに者共が呼応する。


「いいか!あの倒れたやつは生け捕りにしろ!滑車弓は敵の弓兵を狙え!」


 我らの獰猛な顔貌にベッチャロの民たちが少し引いているような気がする。そして門が開いたその次の瞬間、弓を射掛けながらカッコを漕いで対岸に殺到する。相手も剣を抜いて応戦してくるが槍の間合いには入れず、振り下げられた槍に強かに打ち付けられ倒れ込む。一人又一人と倒されていくと目に見えて敵の戦意が減っていく。


「よし今だ!とどめを刺すぞ!騎馬隊付いて来い!」


 たったの十頭しか馬はいないので先駆けして傷つけるわけにはいかんのでちと卑怯だが追撃に使用する。相手は馬も見たこと無いようで我らの格好をみて腰を抜かす。


「行くぞ!しばらく我らに牙を向けられぬよう、逃げようとするもの、抵抗するものには容赦するな!」


 その場でへたり込んで武器も手放したものには目もくれず、逃げようとするものを槍で刺殺していき死体の山を作る。


「ふん、手応えのない」


「殿もえげつないですね」


 俺の背後を守っていた鯛三が話しかけてくる。


「そうか?まあ俺たちを殺しに来たんだ。これくらいは対価としても良いだろう。ところで鯛三、そなたは今回が初陣でなかったか」


「そうですね。しかしお陰様で三つ、首級を挙げられました」


「おお、でかした。帰ったら玄蕃に貴様の活躍を話してやらねばな」


「兄上の悔しがる顔が目に浮かぶようです」


 笑い合いながら砦に戻ると、顔を青くした長老やホヌマ殿を筆頭にベッチャロの民が引きつった顔で出迎えてくれる。


「おお、長老見てくれ、これだけ首級をあげたぞ!」


 髪をつかんで首を高らかに掲げるとヒッといいながら皆数歩引き下がる。もしかしてこっちでは首級を掲げないのだろうか。


「みな、ベッチャロの民は首級を見慣れていないようだ。あまり見せると我らを恐れてしまうかもしれん」


「おお、仕方ないですね。我らの仲間にするはずが敵対されては困ります」


「うむ。この地に疎い我らだけでは開拓は難しいからな。そういうことだ、お前らも首は砦の外に捨て置け。あとは死体も川に放り込んでおけ。熊には気をつけろよ!」


 と言っている側から血の匂いを嗅ぎつけたのか、狼の群れと熊が現れる。


「遠野の熊よりだいぶでかいな。こりゃあいかん!皆早く砦に入れ!」


 死体に興味を持っているうちに砦に逃げ込む。


「熊は同じところに何度も来るそうだ。今来ている熊を狙え」


 トリカブトの毒をたっぷりとつけた矢を滑車弓で射る。あたったが毛皮が分厚いのかあまりダメージが無いようだが続けて何回も射かける。同じように狼にも射かける。


「うーむ鉄砲があればな」


「あれは流石に殿でも持ち出せませんか」


「若様に断られた」


 流石にまだ二十丁にも届かないような数ではこちらには廻せないようだった。来年にはこちらに回してもらえるだろうか。

 しばらくして死体を貪っていた熊が倒れる。何本も毒矢が刺さり漸く毒が効いたようだ。


「うぅむ……遠野の熊より身体が大きい分、毒にも耐えるのだな」


 狼も逃げていったので一安心だ。急いで死体を燃やすように指示する。熊は食えるだろうが食いたくないので皮だけ剥いで焼いてしまおう。

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