第百九十話 弥太郎の外堀は埋まっている

ベッチャロ近郊 大槌得守


 いつ攻めてくるかわからないのでなる早で作業を開始する。まずは近場の木々を船の修理用に積んできた二人両手引きののこぎりで切り出していく。切った木々のうち細いものは鉈で先を尖らせ、杭のように打ち込んでいく。太いものは鋸で切ってこれも杭として打ち込んでいく。狭い間隔で杭を打ち込み、とりあえずすぐには入ってこれないようにする。


 この日はベッチャロの集落に泊めてもらう。酒が振る舞われる。この酒はムンチロやメンクルというものを醸して作ったものだそうで、ムンチロとメンクルを見せてもらうとそれぞれ粟、稗であった。


「この土地は粟や稗で酒を作るのですな」


「そのようだな」


「ムンチロ、オマエタチイウ、アワ?メンクルイウ、ヒエ?」


「そうだ。我らはこれを粟といい、これは稗という。そして今蒸しているのが米だ」


「コメ?」


「うむ。この地では寒すぎて作れぬが」


 そう言うと蒸しあがった強飯が取り出される。まず長老に渡され、続いて皆に配る。ひとくち食べた長老が目を見張る。


「チョウロウ、トテモウマイ、イッテイル」


「口にあったようで何よりです」


 長老がホヌマ殿に再び話しかける。どうやら俺たちに伝えたいことのようだ。


「コメ、モットモッテコレルカ、ト、チョウロウ、イッテイル」


「我々もあまり余裕がない。これ以上持ってくるのは今は難しい」


 ホヌマ殿ががっかりしながら長老に伝えると、目に見えてしょんぼりしている。


「長老、ホヌマ殿待たれよ。今は難しいのだ。ここで畑を拓き麦や粟稗がたくさん穫れるようになれば、米に余裕が出るようになります」


 つまり前世でも穀倉地帯であったこの十勝平野を開拓させろということだ。ジャガイモが手に入る前でも麦や黍や玉ねぎ大蒜や大豆などを育てればだいぶ改善しそうだ。



橋野高炉建設地 水野工部大輔弥太郎


 高炉の建設を始めて10日になる。土台になる石組みと円筒状の銑鉄をためる部分と出銑口となる穴を設けた。正直高炉の構造なんて知らないが、若様が鉄の博物館で見た模型は底部が円筒形だったような気がするとのことなのでとりあえずそうしてみた。野たたらは概ね3尺(約90cm)ほどの横長な方形をしているが、高炉は細長かったと思うので若様と相談の上で20尺(約6m)で試作することになっている。


「旦那様、難しい顔をなさってどうされたんですか?」


「小菊か……いや、果たしてこれで本当に鉄ができるのだろうかと思ってな」


「……旦那様、旦那様は若様のことを信じておられますか?」


「無論だ。しかしどうした急に」


「ふふっ。私の信じる旦那様が信じる若様のお知恵です。私は信じたいと思います。それに、一度や二度うまくいかないくらいでへこたれるような旦那様ではないとも信じています」


 きらきら輝くようないい顔で言ってくれる。


「あ、あの……旦那様?な、生意気な口をきいて申し訳ありません!」


 俺が黙っているので怒っていると思ったのか謝ってくる。


「べつに怒っていないさ。……すこし考えすぎていたかもしれんな」


「それなら……。眉間に皺が入ってましたのでてっきり怒っておられるかと」


 ん、そうか、怖がらせてしまったか。まあ今考えても仕方が無い。うまくいかないならそれはそれで検証すればいいこと。


「すまんな。怖がらせてしまったようだ。明日も作業が忙しいからな、しっかり寝ようか」


「はい」


 そういって筵を敷き寝転がるとなぜか小菊が隣に寝転ぶ。


「おいおい、嫁入り前なのにはしたないぞ」


「大丈夫です。皆さんすでに私と旦那様を夫婦だと思っておりますので!」


 え、どういうことだと聞こうとしたが、小菊の可愛らしい寝息が聞こえてきたので起こさぬよう頭をなで、俺も眠りについた。

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