第百八十九話 別茶路の騒動に巻き込まれそうです
十勝沖 大槌得守
今回も行きは安定した日を選んだおかげで特に問題のない航海であった。無事十勝川の河口に到達する。周辺を探索したが森林の他には湿地が広がる程度で人は見当たらない。羆や狼に出遭う前に船に戻り、カッコで川を登る。すると丸木舟が数隻こちらに向かってくる。
「こちらから手は出すなよ。ただし、いつでも動けるように備えよ」
無言で皆頷く。いよいよ小舟たちが寄ってくる。
「オマエタチ、アソヌマカ」
聞き覚えのある声と片言の日本語。これはベッチャロの通訳のたしかホヌマ殿か。
「そうだ。去年も来た阿曽沼の者だ。そなたはホヌマ殿か!」
「ソウダ。チョウロウ、オマエタチ、マッテタ」
少し疲れたような、ホッとしたような顔でこちらを見てくる。
「一体どうしたのでしょうな?」
「わからぬ。とりあえず行ってみよう」
通訳のホヌマについていき、長老のエカシトンブイと再会する。
「ワガトモニフタタビアエタコト、カミニカンシャシテイル」
「こちらこそ、長老ほか皆様が息災で何よりでございます」
なにか言いたげな顔をしているので、黙って次の言葉をまつ。
「オマエタチ、チカラ、カス、ホシイ」
ん?助力して欲しいと?一体何があったのか、先を促す。
「シブチャリ、セメテ、クル」
シブチャリが一体何なのか分からないが、とりあえずこの村はいまそのシブチャリと言う奴らに攻め込まれているようだ。その割にはまだ戦の爪痕などないが。
「まだ戦にはなっていないようですが……。それとシブチャリというのは何なのでしょうか」
ゆっくり話を聞いていると、シブチャリとは西の山、つまり前世で言う日高山脈の向こうの集落であちらはあちらでシュムクルというまた別の集団と勢力争いを行っているという。
今回、シュムクルとの争いで人手不足に陥ったので人足を徴発しようとコチラに要求してきたそうだ。すでに近くのコタンのいくつかはシブチャリに敗れ、傘下になっているという。
「分かりました。及ばずながらお手伝いいたしましょう。ただお願いがございます」
「ナンダ、イッテミロ」
「一つはこの場所に来るために湊、船を付ける場所を作りたいのでそのための土地を頂きたいというのと、それに合わせて我らが村を作ることをお許し願いたい」
ホヌマ殿が長老に伝えると、長老はお祈りを始め、しばらくするとコチラに向き直りなにやら話す。
「カミサマ、ユルシタ」
どうやら神様に許可をもらっていたようだ。さて、そうとなれば話は早い。川を登ってくるときに見えた細い川、あそこを湊に出来れば当面は問題ないだろう。
「ありがたく存じます。では……おい!すぐに本船に知らせろ!」
俺を始めとする十人が残り、ご機嫌取りの贈り物を広げる。なかでも農具や工具に針などを渡すと殊の外喜んでくれる。まずはここに来るまでにあった左岸側の小川を調査させる。うまく行けばあそこにとりあえずの湊を作れるかもしれん。
夕方ころに幾人かが戻ってくる。
「得守様、積み荷をすべて降ろしたことでなんとか河口に船を入れることができましたが、それより上流は深さがわかりませんので入れられません」
「やむを得ん。投錨して半舷上陸させろ」
「はは」
土砂が多いようだから深さを調べなければならないかもな。十勝川とウツナイ川に囲まれたところ、ベッチャロの集落の向かいを砦とする。大雨が降らなければたぶん大丈夫だろう。
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