第百八十三話 日本の神様って酒好きですよね
梁川城 伊達高宗(稙宗)
「父上、遠野阿曽沼の婚儀に送る品なのですが」
父上である伊達家当主伊達大膳大夫尚宗に伺いを立てるがあまり興味がない様子。
「そのことについてはそなたに一任しておる。好きにやれ」
俺が祝いの使者を遣ることに反対こそしなかったが、なぜそんな小者にという感がありありとしている。葛西との関係こそ表立って悪くはないが、それも大崎があるからこそ。大崎は大崎ですでに実力は地に落ちておるが、いまだ奥州探題職を有している。幕府の権威も落ち目とは言え権威に対抗するには権威しかない。幕府には多大な献上品を贈っているのだから早く陸奥守護職をよこせってんだ。
思考が明後日の方向に向かいかけた。いかんいかん。最近勢いに乗る阿曽沼の嫡男は葛西に先手を取られたな。まあ急がずとも良い。ここは葛西の顔を立てておいて後ほど側室にでも送り込めば問題はない。
少し気になるのが天竺の薬というものと、先日斯波を打ち破ったのに使った鉄砲というもの。鉄砲とやらはなんとかして手に入れたいが送り込んだ草は持ち帰れず、ただ明にある鳥撃ち銃というものだと言う事はわかったので明から手に入れるよう商人に命じている。更に鉄砲を大きくしたような大砲というものもあり、和賀氏の城を軽く落としたとかなんとか。持ち運びに難があるようなので急いで手に入れず、今後友誼を結び色々教えてもらえばよい。
とはいえここ数年の阿曽沼の景気の良さは何だというのだ。紙といい、最近流れてくるようになった陶器といい何が起こっているのか。使者にはしっかり見聞してくるよう言いつけておかねばな。
◇
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
「葛西太守様のおなーりー」
一同ひれ伏して葛西太守である葛西従五位下左京大夫政信とその三男で嫡嗣、壱岐守晴信(後の晴重)が入ってくるのを待つ。
「皆、面をあげられよ」
大原殿の声で顔を上げる。
「ではまず浜田三河守清之が娘、雪を左京大夫様の猶子とする儀を行う。雪よこちらへ」
名前を呼ばれた雪が葛西政信の前へと単衣を重そうに引きずりながら進み出る。
「そなたが雪か」
「はい」
「ほうほう、利発そうな娘じゃな」
「ありがとうございます」
「これよりそなたは浜田三河守の娘であり、かつ儂の娘ともなる。よいな」
清之に聞いたところ、猶子は養子とは異なり必ずしも家に入るものではないそうだ。むしろ後見人という側面が強いという。
そんな緩い制度なのでさらっとおわり、続いて俺との婚儀が始まる。まず結納品として当家からは干し鮭の山に昆布の束、そして京から取り寄せた酒だ。
「鮭がこんなに……」
「当家には鮭がたくさん上がる川があります故」
「羨ましいのう」
葛西政信が心底羨ましそうに言う。たしか北上川にも鮭が上がるはずなんだが、数が少ないのかな。
「これからは葛西様には定期的に贈りまする」
俺の返答に満足そうにうなずく。
「ところで伊達から使者が来ておったか」
「はい。伊達様にまで気にかけていただけるとは有り難い限りです」
そろそろ雪が重い単衣に耐えられなくなってきたので俺と雪と父上母上、清之夫婦に葛西様で三三九度を行う。が、まだ俺たちは子供なので水で代わりとなる。
「ではささやかですが、宴を要しておりますのでこちらにどうぞ」
父上に連れられ皆で書院に移動する。するとすでに遠野の武将や公家衆と葛西の主な武将、そして伊達の使者である亘理宗隆が居並ぶ。
「本日饗応役を務めます。宇夫方守儀でございます」
まずは山盛りの白米。そしてアワビの吸い物、ナメタガレイの姿造り、海藻のおひたしに蕪の天ぷらだ。
「これはこれは……」
葛西政信が感嘆する。
「この蕪はなんじゃ?」
続いて葛西晴重が問う。
「これは蕪に衣をつけて油で揚げたものです」
「揚げ?」
そういえばこの時代ではまだ揚げ物が無いのだったな。
「熱い油で茹でるのです。そうすると実にうまくなりましてな。ささ、熱いうちにお召し上がりくだされ。こちらの塩を漬けて召し上がるとより美味です」
守儀叔父上の言葉に葛西家や伊達の者は困惑している。それを横目に少し塩をつけて食べるとじゅわっとそしてホクホクした味わいで旨い。俺たちがうまそうに食べるのを見て、恐る恐る皆箸をつけていく。
「おお!これは旨い!」
「蕪がこんなに旨くなるとは!」
ククク皆うまそうに食っているではないか。公家衆も満足げに食っている。公家衆は普段何を食ってるんだろうね。
「これは…おそれながら阿曽沼様の領地では油が取れるので?」
亘理宗元が聞いてくる。
「まだまだ少ないですが、こうして饗応に用いるくらいは可能でございます」
亘理宗元がびっくりしている。
「申し訳ないが、この揚げ物の作り方を教えてもらえませぬか」
叔父上がこちらに目配せをするが、これくらいなら漏れてもいいので軽く会釈する。
「ふむ……。他ならぬ伊達様のご使者でございますれば喜んでお教えいたしましょう」
「おお!それはかたじけない!ささ、当家からの祝の酒を皆様も是非!」
部屋の真ん中にどんと置かれた甕から酒を酌む。まだこちらまでは清酒の作り方が伝わっていないのでにごり酒だ。
「毒など入っておりませぬ。どれ、まず某が一献!…うむうまい!ささ、左京大夫様もどうぞ」
こうして皆に酒が行き渡り、どんちゃん騒ぎになっていく。
「婿殿!そなたも今日から葛西の一門で御座る。この様なめでたい日なのだから少しは飲め」
「こ、これは義父上。では謹んで……」
前世ならアルハラだとか未成年飲酒だとか騒がれるが、いまは戦国の世。飲めなければそれだけで舐められる。ぐいっと一献いくっきゃない!
「おお!婿殿!いい飲みっぷりだな!では左馬頭殿も!」
葛西政信のアルハラを皮切りに、皆が代わる代わる注ぎに来る。その後の記憶ははっきりしない。
◇
謎の空間
「はー。なんで人間はお酒が好きなのかしら」
「あ、女神様お久しぶりです」
「おひさー。酔いつぶれるまで飲むのはやめなよ」
久しぶりにこの謎の空間か。
「そういう神様はお酒飲まないのですか?」
神棚には酒を供えたりしたものだが、実は酒嫌いだったかな。
「何言ってるのよ皆お酒好きよ!私も毎日飲んでるわ。こないだはバッカスっていう神様と飲み比べしていたし。ただ神だからね、普通酔いつぶれることはないわ」
バッカスって確かローマ神話の酒の神だったか。すごいな。
「酒が造れるようになったらお供えしますね」
俺の言葉に女神様の目が輝く。
「へぇ、どんなお酒を作るつもり?」
「清酒はもちろん焼酎と、山ぶどうが安定したらワインをつくるし、麦が余るようならビールとかウイスキーとか作りますよ」
「なるほどね……あんたんとこで旨い酒ができるようにちょっと上司の神様に相談しなきゃね。そろそろ朝だから起きたほうがいいわよ。二日酔いは治しといてあげる。サービスよ。せいぜいいい酒を作るのよ!絶対よ!」
女神様必死過ぎませんかね。まあいいけれど。
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