第百八十二話 牛乳

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


 雪が溶け始め、春がすぐそこになる。

 田起こしが始まり、硝石を取り出したあとの堆肥を田にすき込んでいく。


「今年は豊作になってほしいな」


 今年はすっかり忘れていた塩水選を行う。


「若様、塩水などに漬けてどうなさるので?」


「実がしっかり詰まっているものと、スカスカのものとを分けているのだ」


 濃い塩水に籾を入れ、少しずつ水を足していく。あるところで大半の籾が沈みだすのでそこで注水を止め、なお水面に残る籾を取り出す。正条植えと並んで明治期に開発された塩水選はたしかこれでまた一割ほど収穫量が増えたと聞く。


「これで沈んでいるものが、実の詰まった籾ということですな」


「うむ。前も言ったが、なるべく得るものを増やしたいからな」


 籾を交換しつつ概ね田植えに使う分の籾を選別する。


「結構使えない籾がございますな」


 大体全体の三割強が浮かんでいる。勿体ない気もするけど弱い稲を育てても仕方がないし、飼料にまぜてしまおう。


 あとは消毒の仕方があったと思うけど、わからないから今年はパス。来年以降に試してみよう。ついでに沢の水を流し込める田を確保したので今年から耐冷性に優れた品種を選抜し、来年以降は選抜育種と交配を繰り返していく予定にしている。そのうちものになるのは何年かに一回か、下手すれば十年に一度あれば良いくらいだろうけど根気よくやっていくしか無い。


 そして今年は牛が出産したので牛乳が採れた。せっかくなので鍋に入れて沸騰しない程度に加熱する。


「若様、牛の乳などを鍋に入れて一体どうなさるので?」


「無論、飲むのだ」


「牛の乳などのめるのですか?牛になったりしませぬか?」


「何を言うか、かつて典薬寮で蘇や酪などを作っておったのだろう。時の帝が牛になったという記載はない」


 話をしていると匂いにつられたのか雪がやってくる。鍋をのぞき込んで鼻をふんふんさせる。


「わー牛乳!?」


「雪、飲むか?」


「飲む飲む!」


 マグカップはないので椀に熱した牛乳を入れる。

 

 ずずず……


「うん、旨い!」


「はぁーほっとする……」


 転生してから初めての牛乳。前世と味が違うような気がするけど懐かしい味だ。俺と雪がおいしそうに飲むのを見ていた清之が物欲しそうにこちらを見てくる。


「ほら清之も飲んでみろ」


「で、では……ずずずっ……おお、これは旨いですな」


 清之も旨そうに飲むじゃないか。


「旨いだろう?さ、残りを父上と母上に持って行ってくれんか」


 清之に残りの牛乳を持たせて父上や母上に渡してくるよう申しつける。


「なあ雪、チーズってどうやって作るんだ?」


「んーまず乳酸発酵させてレンネット加えて固めるの」


「レンネット?どうやって手に入れるんだ?」


「子ウシとか子ヤギとか子ヒツジの第四胃にあるわ。ケカビからも作れるし前世だとそれが主流だったけど」


 カビから抽出なんて不可能だからウシやヤギを潰して作るしかないか。


「簡単に作りたければ酢を入れるといいわよ」


「酢?」


「そう。カッテージチーズなんかそうだけど、酢でタンパク質が固まるの」


「へぇ……。でも酢は酒から作るしかないから高級品になっちゃうな」


「酢でなくてもレモンとか柑橘類の果汁でもいけるわよ」


 寒すぎてこの遠野でミカンを育てられるのだろうか。外から買わなければならないならやはり現時点では難しいかな。というかそもそも日本にあるのか? 橘という名前があるから多分あるんだろうけど、今度葛屋に聞いてみるか。


「どっちも手に入れるのが難しい。……やっぱり潰す……か……ずずず」


「かわいそうだけどね……ずずず」


 カルシウムとカロリーの補充にもなるからな。雄ウシは農耕用に払い下げる方がいいからヤギを手に入れなきゃな。沖縄に行けば手に入るかな。

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