第百八十一話 鉛杯を作らせました

大槌城 大槌孫八郎得守


「若様が祝言か……俺も何れあったこともない女を妻に迎えることになるのだろうな」


 大槌城の御殿から冬の荒々しい波を眺める。冬の間は船を出せないため、領民は皆せっせと麻糸を撚っている。


 城の北側に目をやると幾つかある作業場には山となった麻の束が置かれ、煙突からは湯気とも煙とも付かないものが立ち上っている。沢に目をやれば幾人かが冷たい冬の水に麻を漬け、洗っている。洗い終わったものを板に広げ、乾かすとこまでは屋外なので見える。乾かしたものを水車小屋に運び込まれると、あそこで叩いて繊維をほぐしているとか。


 いままでも家の中で苧麻(からむし)や大麻を紡いでいたが、概ね女の仕事とされている。糸の取り出し方を大規模にしたのがこの作業場だ。糸繰りまではまだ機械化できていないがこれでもかなり効率よくなっている。


 ちなみに麻を倉から作業場に運んだり繊維を取り出すときに出たゴミを堆肥場まで運ぶのは男の仕事になっている。布を織るまでは女の仕事になっているが麻布を繋ぎ合わせて帆布にするのは男の仕事になっている。その他麻畑用の土地の開梱、港の整備のためと交通の便を改善するために古廟坂じゃない御廟坂を掘り崩すのも男どもが主に行っている。鵜住居側からも崩しにかかっており、重機もなにもないのでゆっくりとだが整備は続いている。切り倒した木々は大きいものは船の建材に、小さなものは炭にしている。出た土砂で小鎚川と大槌川に挟まれた城下の土地を嵩上げしているところだ。地震が起きたら液状化するだろうが、津波や洪水に比べれば……。


 それはそうと今は三隻目のスクーナーが完成し、若様の祝言が終われば船団を率いて再び蝦夷地に赴くことを予定している。昨年の後半は戦に忙しく春先に行ったきりであったから今度は梅雨入り前に船を出したいものだ。


 他に百五十石積みの和船の建造と二十人乗りの帆掛の小舟を鋭意作成中でこちらは葛屋からの依頼だ。こちらも船団が組めるくらいの数にはなってきている。帆掛の小舟は漁労に使わせており、この春からは船団くんで沖合で漁が始まる予定だ。


「得守よ、そなたもそろそろ正室を迎えねばな」


「……父上、そうですな。しかしそれも相手があってこそですから」


「うむ。殿には儂から話しておこう。本当は阿曽沼から迎えたかったのだが……」


「こればかりは致し方ありません」


 できれば見知った女を迎えたいのだが、そうもいかないだろうな。それに航海が多く家をあける期間が長くなるだろうから、信用できるものでなければな……。

 祝言といえば弥太郎殿は小菊との祝言をいつするのだろうな。小菊は結構秋波を送っているが、弥太郎殿は研究で頭いっぱいになっており気づいておらぬ様子。女心ももう少し研究してはどうだか。



京 細工屋 保安局の誰か


「この鉛とその金を使って盃を作って欲しいと?」


「うむ。できるか?」


「ふん、問題ない。十日経ったら取りに来い」


「それではこれが前金だ。受け取りの際に残りを払う」


 その言葉に何も答えず、銭を受け取った細工師が小屋の奥に消える。鉛も金も多めに渡しているがどうなるか。しばらく見ていると炭を熾し、そこに鉛をおいて熱する。しばらくして解けた鉛を、盃で型を取った砂型に流し込む。形ができると叩いて形を整えていく。あとは細かい修正をし、金を貼れば良さそうなので問題は無いと判断して店を後にする。


「どうだ?」


「うむ、どうやら問題なさそうだ」


「性格に難ありだが仕事は確実だという噂だったが、どうやら正しかったようだな」


 約束通り十日たったところで取りに行くと、盃の内側に見事な龍が彫られいる。外側には金箔でこれまた見事な松の絵となっている。


「これは素晴らしい!我が殿もお喜びになる。これは残りの銭だ」


 一貫文の銭をおくと興味なさそうに細工師が受け取り、そのまま京の雑踏に消えていった。


「なんとも寡黙な男だったな。あまり日もない急ぎ遠野に戻らねば」


 そして保安局の者も足早に京を後にした。

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