第百七十七話 祝言の話が来ました
鍋倉城 阿曽沼孫四郎
先程までの戦勝ムードは一変し、緊張した面持ちに皆なる。
「そういえば前回も大原様が来られたときも祝の日ではなかったか?」
誰かそう突っ込む。そういえば前回は豊のお七夜に来てたな。ひょっとして宴会の日を狙ってきているのか。いやまさかそんなはずは……。
書院の間に大原刑部が通され座る。
「少し来ぬ間にずいぶんと立派な城になりましたな!」
「お陰様で、城下に人が溢れております」
「うーむ羨ましい」
襖絵こそ書かれていないが、襖は板戸ではなく一部が紙になっている。
「襖まであるとは、ずいぶんと羽振りが良いようですな」
「えっと、ところで大原殿は此度は何用で?」
戸惑いながらも父上が切り出す。そう、わざわざこの時期に来るのだからそれなりに大事なことであろう。
「そうじゃそうじゃ、この文を太守様より預かっているのだがな、そこな嫡男の祝言をということじゃ」
は、祝言?まだ数え七歳なのだが、何を言っているんだ。
「お、大原様、お言葉ではございますが、某はまだ七つ。祝言をあげるにはいささか早いのでは無いでしょうか?」
「ふむ、そなたの言う事尤もだ。しかしな最近の阿曽沼はこの陸奥出羽に知らぬものはない、飛ぶ鳥を落とす家と言われておる。その様な家を乗っ取ろうとするやつがおるでな」
当家を乗っ取るだと。考えられるのは伊達あたりか。
「その様子だと見当はついておるようだな。そうじゃ伊達じゃ。特に今の嫡男は厄介じゃ。あやつはこの陸奥に災いをもたらすだろう男じゃ、というのが我が太守のお考えじゃな。それに対して儂も異論はない」
うーむ伊達稙宗に興味をもたれたのか、さすがの情報収集である。しかし伊達に取り込まれると天文の乱に巻き込まれるし、なるべく縁を作りたくはない。
「大原殿、話はわかった。しかし葛西太守様に女子がおられましたかの?」
父上も状況を理解しているようだ。俺も葛西太守に娘がいるとは聞いていない。
「うむ、そこでな嫡男どのよ、そなたの懇意にしておる女子がおろう。其の者を太守様の猶子とし、そなたの室にするという話になっておる」
いくら俺というか阿曽沼に繋がりを持ちたいとはいえそこまでするのか。清之の方をチラと見ると満更ではなさそうか。清之も葛西太守と縁ができるのだからかな。
「若様、この話は受けてよいのではないですか」
「おいおい、浜田よ。そりゃあそなたは葛西太守とつながりが得られるんだから、悪い話でなかろうよ。ところで伊達ではなく葛西様が我らを飲み込むおつもりではないのですか?」
清之の言葉に守綱叔父上が冷静にツッコミを入れる。伊達の代わりが葛西になっただけではないか、それは俺もそう思う。
「ご懸念はよう分かります。しかし千葉の乱からこちら太守様に反目する輩が後を立たず、勢力を増すためにも勢いに乗る阿曽沼様にご助力賜りたいのです」
あ、すみません、それは俺のせいです。葛西も大崎も一枚岩になられては厄介なので工作を仕掛けさせてもらってます。そういう大原様も心が離れつつあると伺っております。
「その様な事が……。わかりました謹んでお受けいたします」
父上が受けてしまったので俺に選択肢はない。尤も、雪は遅かれ早かれ室に入れていただろうからそんなに困らんが。
「お受けいただけるか! これで肩の荷が下りました。では早速戻って太守様に報告せねば」
止める間もなく大原様が城を後にする。
「嵐のようであったな。勝ち戦だけでなく、孫四郎の祝言も決まったし、葛西殿との誼も深まった!」
「兄上、これはもう盆暮れ正月が一度に来たようなものだぞ!いよぉし!腕によりをかけて飯を作ってくるぜ!」
守儀叔父上が襷をしながら台所へと歩いていく。
「皆も一度帰って夕刻、また来るように!」
次の日、皆当然のように二日酔いで寝込むこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます