第百七十六話 久慈との盟が成りました

鍋倉城 阿曽沼孫四郎


「無事、安俵城を得ることができた。遠野は留守中、変わりはなかったか」


 安俵での細々としたところは任せて父上とともに帰城した。


「はっ。久慈摂津守殿から誼を結びたい旨が来ております」


 久慈がというところで書院の間が賑やかになる。ちなみに今はふすまを開けて三つある書院の間をつなげている。


「久慈がか。してどうした」


「母や私では決められない故、しばらく留まるよう申し付け、城下に部屋を与えております。いま彦次郎丸を使いに遣っています」


 罠かなとか色々と聞こえてくる。俺もそう思ったので無理はないかな。


「久慈といえば鉄があったな」


 釜石は餅鉄という純度の高い鉄の石が採れるが量が少ない。一方で久慈は砂鉄の産地でこれを抑えられれば奥州での鉄の産地を占有したことになる。


「はい。でありますので久慈と誼を結ぶのも良いかと」


「そなたの高炉とやらができれば久慈の鉄は要らぬのでは?」


「ご指摘は尤もですが、すぐに取って代わるものではありませんし、高炉の建設も次の春に漸く取り掛かる目処がついたところでございます」


 高炉の建設が始まるときいても武将らはピンと来ないようだ。この時代の日本に存在しなかったものだからピンと来るなら転生者だとは思うけど。日本ではそんななのに明ではすでに高炉製鉄もコークス製鉄もやってんだからチート国家だと思う。

 話しているとドタドタと走っているような音がして久慈備前がやってくる。後ろから彦次郎丸があわててついてきている。書院の下座にくるやすかさず平伏する。


「お初にお目にかかります。久慈備前信継でございます。このたび父、久慈摂津守信政の名代として阿曽沼左馬頭様と誼を結びたく、久慈より馳せ参じました」


「面をあげられよ。文は拝見いたした。我らとしても久慈殿との誼は歓迎したいところ」


 父上の言葉に久慈備前は少しホッとしたような顔をする。


「しかし未だ久慈殿は九戸らと手を結んでおったはず。今後どうするおつもりか」


「高水寺もそうですが、我らも今年の冷害で食い物に事欠く有様で民草が減ってきてございます。であるのに阿曽沼様は箇々数年、食料に困っておられぬ様子で民も顔色がよく、勢いもあることから九戸らといるより、阿曽沼様に誼を結ぶほうが利があると判断してございます」


 こちらとしても久慈と結ぶ利があるので悪くない。利を共有できる範囲で協働もできるだろう。しかしそんな簡単に縁を切ったり結んだりしても大丈夫なのか。


「なるほどな。ところでそなたら久慈も南部の庶流であろう。一族同士で争ってよいのか?」


「阿曽沼様はなかなかおもしろいことを仰いますね。かつて南朝北朝に分かれた際には親兄弟で戦をしておったではありませぬか」


 南北朝の頃は詳しくないがその様なこともあったという。そういえば頼朝公も弟の義経公を討っておったな。同族とか気にしすぎるほうがおかしいのかもしれん。


「それもそうであったな。ところでもし久慈摂津守殿が我らを裏切った際にはそなたは如何する?」


「その際には阿曽沼様の槍となり我が父兄を討ち取ってご覧に入れましょう」


 その眼差しは嘘偽りの無いものに見える。


「分かった。そなたの言を信用しよう」


「ありがたき幸せ」


「では評定を始める。久慈備前も末席に居れ」


 評定では先の戦の功績を認め毒沢と浮田は所領安堵。安俵小原は領地没収し今後の活躍次第で領地を与えることとなり、守綱叔父上が安俵城に入ることとなった。守綱叔父上の所領である綾織は直轄地となった。降ってきた和賀定正も当面は所領無しとなった。


「さて、では戦も勝ち戦であったし、久慈とも誼を得た。こんなに良き日はなかなかない。皆宴会の準備じゃ!」


 書院が割れんばかりの歓声に支配されたその時、一人の足軽が駆け込んでくる。


「ご注進!ご注進でございます!葛西太守様からの使いの大原様がお来しでございます!」

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