第百六十九話 乱心と簒奪

二子城


「阿曽沼が動いたか」


「はっ。すでに毒沢館に集結しているようです」


 和賀左近将監定行は行動の早さに少し感心する。


「我らの兵はどうなっている」


「そ、それがですね。怒らないでくださいね。沢内太田はすでに雪が降り出したので出せないと、その他煤孫は怪我の具合が悪いなど……」


 江釣子助次郎は恐る恐る答えるが、和賀定行は顔を茹で蛸のようにさせる。


「巫山戯るなぁ! どいつもこいつも舐めやがって…、阿曽沼などどうでも良い! まず獅子身中の虫から屠ってくれる。兵を出せ!まず下煤孫館に攻めかけるぞ!」


「と、殿、落ち着いてください!まだ謀反も何もしていない煤孫に攻めかけるなど!」


 江釣子の他岩崎弥三郎義光などが和賀定行をなだめかけるが、全く聞く耳を持たない。流石に謀反をまだ起こしていない家臣を討つなど許容されるものではない。


「ええい! 喧しい! 貴様らも逆らうなら容赦せぬぞ!」


「ら、乱心だ! 兄上がご乱心だぞ!」


「定久、定正おまえらもか! 儂は至ってまともだぁ!」


「兄上! 御免!」


 和賀定久の拳が定行の顎を揺らす。


「が! あっあっ……」


「定久兄上、どうする?」


「とりあえず兄上には養生して頂こう。その上で安俵に援軍をだす。大将は定正、貴様に任せる」


「定久兄上はどうするのだ?」


「おれはここで煤孫らの謀反に備える。万一煤孫らが謀反を起こしたとしても定正、貴様が戻ってくるまでくらいは守ってみせようぞ」


 そう言うと定久は兵の動員を指示し、定行は地下牢に連れて行かれる。


「そ、そなたら! 殿を何処にお連れするというのですか!」


「叔父上! 父上をどうされるのです!」


 定行が引きづられているところを目にした定行の嫡男、行義と定行の妻である峯が抗議する。定久が鼻で笑う。


「ふん、兄上はまだ謀反も起こしていない煤孫に謀反の疑いをかけたためたしなめた所、我らまで謀反者と言い出したからな。気持ちが落ち着くまでしばらくお休みいただくだけだ」


 定久の言葉に峯が憤怒の表情となる。


「なにを! そなたこそ殿から和賀の当主の座を簒奪しようとしているのではないのですか!」


 定久子飼いの武将らが詰め寄ろうとするが定久に止められる。


「言わせておけ。……ふむそうだな。では兄上と共に極楽寺で蟄居させておけ」


 峯と行義が後ろ手に縄を打たれ連れられていく。


「それにしても当主か……。すっかり忘れておったわ。そうか! これで俺が和賀の当主! やったぞ! はは、あーはっはっは!」



安俵城


「む、ついに来たか。すっかり待ちくたびれたぞ。先ごろは卑怯な待ち伏せでやられたが此度は籠城。となればこちらが有利であるし遠からず援軍もくる。借りを返してくれるわ!」


 安俵城を守るのはわずかに百騎。しかし友軍が来るまで持ちこたえれば良いので士気は低くない。


「敵はよくわからん武器を使うが、音だけの虚仮威しである。そうそう当たるものではない。二子城からの援軍もまもなく来る! ここが耐え時ぞ!」


 小原行秀は援軍が来るかどうかは知らない。が、ここでそんなことを行っても士気が下がるだけなので、あえて嘘をつく。


「殿! 阿曽沼は沖に本陣を敷いたようです」


「見慣れぬ武具は無いか!」


「はっ! なにやら馬に鐘のようなものをくくりつけておりました」


 それが先日の戦で大きな音を出したものではないかと見当をつける。


「はてさて先日の戦ではあれで足が止まった者が多かったが、此度城攻めで使えるものだというのか?」


 脚が止まった者にはもちろん小原行秀も含まれているが、それは棚に上げて考える。本陣に幕が、と言っても菰であるが、巻かれ目隠しされる。


「敵の準備が整う前に仕掛けてやれば士気も挫けよう。そなたも急ぎ支度せよ!」

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