第百七十話 あっさり落城、そして胸騒ぎ

阿曽沼軍本陣


「敵はどう出てくるだろうか」


「思うに兄上、我らが到着したばかりである、この隙きを突いて夜襲を仕掛けてくるのではないか」


「なるほど。守綱の言うことも尤もだ。さて保安局のものは誰ぞおるか?」


 阿曽沼守親がそう言うと菰が上がり、笠を被った足軽が入ってくる。


「そなた名は?」


「鴎(かもめ)でございます」


 鴎と名乗った足軽を守綱らは怪訝な目で見遣る。


「その名は本名か?」


「はっ。この名は保安局に入り若様から頂いた大事な名でございます」


 和賀方面の作戦に従事するこの男に与えられたコードネームは鴎。孫四郎がランダムに決めているものなので与えられた名前というのは嘘では無い。


「では鴎とやら、安俵城にはいる敵はどの程度いるかわかるか」


「はっ。およそ百程のようでございます」


「和賀の本隊が動いたかはわかるか?」


「ははっ。和賀宗家の末弟定正を大将に援軍が出る様子です」


「数は?」


「およそ二百」


 思ったよりも少ない事に守親等は疑念を呈する。


「二百だと?和賀であればその倍ほどは出せるはずであろう」


「まだ未確認ではございますが、どうやら和賀では当主とその兄弟で諍いが起きたようで、こちらに回せる兵は多くないようです」


「兄上、敵の増援が本当に二百かわからん。思ったより動きが早いこともある。さっさと仕掛けて落とした方が良いんじゃ無いか?」


 守儀の提案に異論はでない。


「そうだな。工部大輔に通達せよ。至急攻撃を始めるようにとな」


 保安局の男は伝令として本陣を出て行く。しばらくすると轟音が薄暮に響き、安俵城の最も西側、一ノ郭に土煙が上がる。

 それと同時に二発目の轟音が響く。今度はやや東にそれて落ちる。丁度火を使っているところだったのか火の手が上がる。続いて三発、四発と放たれる。砲撃は城を少しそれて集落に弾が落ちたりすると、敵兵が這々の体で城から逃げ出すのが見える。六発撃った頃には陣笠を振った足軽がかけてくる。


「と、殿より言付かっております。か、開城しますので攻撃をおやめくださいませ」


 月に照らされた安俵城は所々崩れ、足軽たちが皆逃げてしまったので怪我をして動けなくなったものと小原行秀らを除けば誰も居ない。怪我をしてうめき声を上げながらも足軽共はこちらを恐ろしいものの様に見てくる。なお大砲は砲身が冷えていないので今日のところは安俵城に入らず、護衛の三百騎ほどと共に本陣に残っている。



「なに!安俵城がすでに落ちただと!」


 定正が立ち上がった拍子に床几が倒れる。


「はっ。先日の戦で使用された大きな音ともに鉄の玉を放つ武具により城が破壊され、足軽たちが皆逃げてしまったようです」


 斥候に出ていた小鳥崎修理の報告に和賀定正が肩を落とす。


「うぬぅ。あの忌々しい音の武具か。しかしここまで阿曽沼がやるとはな。修理よ、そなたはこのまま阿曽沼に降ったふりをして内情をつぶさに見て参れ」


 小鳥崎修理は突然の指示に思わずたじろぐ。


「定正様はいかがなさるので?」


「二子城が気にかかる。どうも嫌な予感がしてな。定行兄上と定久兄上はもともとあまり仲が良くない。悪いことが起きていなければ良いのだが」


 蔵人ら随伴の武将も思い当たる節があるのか、みな顔を伏せる。


「筒井内膳、すまぬが安俵が落ちたことの報告と今後の方策を確認して参れ。あとな定行兄上がどうなったか聞いてきてくれぬか。我らはここ願行寺を本陣とし、阿曽沼に睨みを利かす」


 小島崎修理と筒井内膳が陣を出ていく。


「しかし、場合によっては阿曽沼に助けを求めねばならぬかもしれぬな。全く、どうしてこうなった」

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