第百六十八話 躍進の原動力

毒沢館


 毒沢の地では毒沢義政らを始めとした五十ほどの民たちが集まっている。


「このあたりはなかなか良い土地のようだな」


「この毒沢川の周りは良いのですが、遠野方は川が遠くて米が作れませぬ。おかげでなかなか人が増えなくて困っているのです」


「ははは、ならばこそ我らに降って良かったな!」


 毒沢義政が不思議そうに守儀を見る。


「以前は貴様も知っているように、当家も食うや食わずであったがな、あれが産まれて神様から寒さに強い米を授かり、紙を作り始め、さらに儂等の思いもよらぬ道具や知識を広めたのはあやつよ。お陰でなんとか飢えぬ程度には食い物が得られるようになったわけだ。この水が足りぬ土地もあれがなんとかしてくれるかもしれんぞ」


 今年は冷害で出来高は悪かったが、それでも普段の冷害に比べればいささかましであるし、冷害に備えて米、麦、粟、稗、黍などもなんとか一年程度なら食いつなげる程度にためている。さらに塩竈から食料の買付ができているのでこの三陸地方ではかなり良好な食糧事情となっている。


「我らが馬を沢山使えるようになったのも神童の賜だな」


 毒沢義政はまさかまだ十歳にも満たぬ子供が阿曽沼の躍進の原動力になっているとは露とも思わず、目を見開いている。


「そなたも今後孫四郎と付き合うにつれ、驚くことが多くありそうだな。がっはっは」


 守親の言葉に遠野の武将たちが苦笑いする。


「もしや此度の待ち伏せは……」


「おお、そうだ。孫四郎の発案だ」


「……若様は一体どこでそんなお知恵を」


「先程も言ったが時々神のお告げをもらうようだ」


 お告げをもらうと聞いた毒沢義政はどっと冷や汗をかく。


「我が愚息が失礼をしなければ良いのだが……」



「へっくしょい!」


「おお、彦次郎丸よ風邪か?」


 麦播きを進めていると彦次郎丸が盛大なくしゃみをする。


「若様失礼しました。いえ、何か急に鼻がむずがゆくなりまして」


 懐紙を取り出し鼻を噛むように言いつける。


「鼻紙まであるのですか。手鼻をかまなくていいのは助かります」


 紙は高級品なので鼻紙などごく一部にしかない。本来は上方に卸すものだが販路が無いのでとりあえず領内で流通させている。高級品であることには変わりがないので民草は未だ手鼻が主流だ。


「ゴミは後で堆肥場に捨てるから、そこの木箱に入れておいてくれ」


 彦次郎丸がゴミを集める木箱に鼻紙を投げ捨てる。ふと何かを思い出したようにこちらを見る。


「堆肥場とはなんですか?」


「その名の通り堆肥を作っている。臭いぞ」


 そろそろ気温が下がってきたので今年の堆肥づくりはこれが最後だろう。人が増えて牛馬に鶏兎が増えたので堆肥の量は増えてきている。今の設備では早晩溢れそうなので近々増設しなければならないが、戦に人が取られてこちらも進まんな。今後鉄砲や大砲を量産するなら硝石製造増やさねばならんし、各集落に一つ堆肥工場作って、できた堆肥を集めて硝石製造するか。それもここと宮古と父上の攻略がうまく行った際の花巻あたりに硝石抽出する工場を設けるか。

 やってることは肥料づくりみたいなものなので多少バレても多分大丈夫だろう。水につけるのは余計な毒を抜くためだと言っておけば良い。


 早く工業的硝酸製造ができるようになるか、チリに硝石採りに行けるようになれば、食料生産も増えるのだが、どちらもまだまだ先だな。

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