第百六十七話 播種機

和賀郡深沢館


「阿曽沼から文が来てな」


出羽国との境にほど近く、そして深い山々に囲まれた谷地。ここ沢内村を治めるのは和賀氏の一族である沢内太田氏である。


「そういえば毒沢めは既に阿曽沼に寝返っておりましたな」


「うむ。まあ食い物をくれるのであれば降っても良いが」


そう言いながら納屋に何十を超える栃の実が詰まった俵を眺める。


「そういえばどうやったのか、遠野では飢え死にするものがほとんど居なくなったとか聞きますな」


「本当かどうかはわからぬが、な」


冬が長く雪深いこの地では常に飢饉と隣り合わせになっている。少しでも冬の食料を確保するため、暇さえ有れば山に入って栃の実や楢の実などおよそ食える木の実や蕨、野老(ところ)などをかき集めるのが大事な仕事である。


「まあ我らには米では無く金を求めているのかも知れませんが」


「ははは、米をくれるなら、腹の足しにもならん金などいくらでもくれてやればよい」


「では宗家が兵を出せと言ってきたことには?」


「もう雪が降り始めた故、無理だと言え」


まだ神無月ではあるが、山の冬は平地のそれより幾分早く既に雪がちらつき始めている。


「今年の冬も生き延びられるだろうか……」



宮守館


「皆支度は良いか?」


「抜かりなく」


日が昇り、いままさに安俵城へと兵たちが出立しようとしている。


「父上、和賀は出てこないでしょうか?」


「出てくるだろうな」


「大丈夫でしょうか?」


「安俵に来るのか、浮田に来るのかわからぬが、やつらも一枚岩ではない。まあなんとかなる」


和賀の内情は詳しくないけども、父上がこういうのなら多分そうなのだろう。

俺にできるのは輜重を指示するくらいのこと。それと父上らの居ない間の遠野の管理くらいだがそれも大事な仕事だ。

保安局の報告でも当家に敗れたことで、各地の国人衆の不満が爆発しそうだとか。

先頭を行くのは守儀叔父上。続いて守綱叔父上らとそれに護衛された馬にくくりつけられた大砲、そして本陣である父上と大きく3つに部隊を分けて進発していく。


「さて若様、我らは我らでできることをやりましょうぞ」


「そうだな。じゃあ白星、横田までひとっ走り頼むぞ」


「ヒヒィン!」


戦で人手が取られてしまっているので、始まった麦播きが遅れている。俺たちもわずかながら手伝いに畑へと速歩でむかう。


作業服に着替え畑に出る。


「若様、それはなんですか?」


「これはな、麦の種まき機だ。一定の距離を動くと底の板が開いて幾つか麦が落ちるようになっている」


手で押しながら麦播きが進む。前輪に棘がついてそこに種を落とし込み、落とし口の直ぐ後ろに小さな覆土板、後輪で土を押さえる構造になっている。ちなみに全て木製だ。


弥太郎も忙しくなってきたので工作がてら作ってみたわけだが、結構いい感じだ。覆土板の位置はもう少し改良できそうだが。


「おお、また随分と良さそうなものですな」


「うむ。思ったよりしっかりできてる」


なかなかいいペースで一畝の種まきを終える。


「若様、お借りしても良いでしょうか?」


興味津々にこちらを見ていた清之が貸してくれとせびってくる。

もちろん断る理由はないので貸してみればはじめおっかなびっくり、途中から使い方を理解したのか結構なスピードで播種していく。


「いやあ、これは素晴らしいですな!」


丸一日播種機を使ったら壊れてしまったが、量産すると良さそうだし、麦以外でも使えそうだ。


「弥太郎の作った田植機なども含めて当家お抱えの工房を作るか。葛屋にも出資させよう」


遠野商会に続いて半官半民の遠野農工廠設立だな。

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