第百六十六話 色々乱れます
花巻城 稗貫晴家
「くそ、斯波の口車に乗って阿曽沼を攻めてみれば…どうしてこうなった」
稗貫右衛門佐晴家が悪態をつく。
「少し侮りすぎたようですな」
高橋備後守が憎々しげに応じる。
「全くだ、小者の阿曽沼如き三千もおればというのは、斯波詮高殿の驕りであったな。それはそうと根子めがおらぬようだが」
稗貫晴家が評定の間を見回す。
「奴でしたら一目散に館へと逃げ帰ったようです」
「全く……また一揆をしでかしたりはせぬよう気を配らねばな」
これまで度々一揆を起こす厄介な国人領主であるが、和賀との境界に位置し、またそれなりの勢力を有するためこれまで潰せずにいた。周りの武将らも幾人かが思わずため息を吐く。
「それと阿曽沼はどう出てくるか。大迫に来るか?」
「どうでしょうか。和賀の庶流、毒沢が阿曽沼に寝返ったと聞きます。もしかしたらば孤立した安俵を攻めるかも知れませぬ」
その言葉を聞いた晴家は顔を綻ばす。
「ほうほう。それならば良い。であれば、和賀は安俵に援軍、或いは寝返った毒沢に攻め入ることになろう」
「はっ。それで我らは如何致しましょうか」
「うむ、まずは根子らに対する備えをせねばな。それと亀ヶ森図書よ」
稗貫一門に数えられる亀ヶ森に声が掛かる。
「ははっ。何でございましょう」
「そなたには儂の名代として、阿曽沼に和議の申し入れをせよ」
「こちらから阿曽沼に申し入れをするのですか?」
不満げに亀ヶ森図書が聞き返す。
「うむ。和賀に奪われた土地を取り返すまでの間、奴らの矛先をそらしておきたいのよ」
「……承知致しました」
稗貫晴家が出て行くと共に評定が解散となる。
「ちっ、伊達から流れてきただけの稗貫の頭領気取りめが。良い機会だ、根子を煽って一揆を起こさせたら我らも謀反を起こすぞ」
「くくっ。それは大変宜しいかと。この猪鼻、図所様の心意気を感じ入りましてございます。イヒヒ」
「新堀にも声をかけておけ」
「はは。図所様のお心のままに」
◇
久慈城 久慈信政
「うーむ、阿曽沼は思ったよりやりおるな」
「あそこまでやれるとは思いませんでしたな」
久慈信政やそれに同行した三上大和守元勝らが唸る。
「そこまですごいものだったのですか?」
牛島主計が問いかける。
「それはもうな。遠くからであったから詳しくはわからなんだが、火を噴いたかと思うと数瞬後には斯波の兵らが吹き飛んでおったのだ」
「なんと!やはり鬼道ではないのですか?」
牛島主計は信じられないという顔で久慈信政に問いかける。
「その後で竹が爆ぜるような乾いた音が立て続けになっておったな。あれはどういうものかわからぬ」
「もう少し近くで見られればよかったのですが」
「やむを得ん。阿曽沼の草と思しきやつがそこここに居ったからな」
保安局の何人かは時折気配を悟らせて、無言の警告を行っていたがために遠巻きに眺めるしかできなかった。
「それもそうだが、それよりもなかなかに統率の取れた足軽共よ。あれを相手に勝つのはなかなか至難だな」
「一戸や九戸の奴らが勝てるでしょうか?」
牛島主計の言葉に久慈信政や三上ら合戦見物に行った者らが考え込む。
「難しかろう」
「某もそう思いまする」
「ではどうなさるので?」
牛島から至極真っ当な疑念が上がる。
「そういうことでしたら、父上、私が人質として遠野に赴き盟をとりなして参りましょう」
それまで黙っていた久慈孫三郎信継が口を開く。
「まもなく家督を継がれる兄上を出すわけには参りません。さりとて我らの心意気を侮られても困ります故、私が行くのが良いと考えまする」
「孫三郎、そなた良いのか?」
「無論。兄上は久慈の家を継ぐという大命がありますれば、斯様なことは弟である私がなすべきことにござる」
信継の覚悟を聞いた皆の視線が信政に注がれる。
「相分かった。そなたを人質として遠野に送ろう」
「お聞き入れいただき誠にありがとうございます」
「いや、信継の案に乗るのが良いと考えただけのこと。しかしそなたには苦労をかけるな」
「お家のことを考えれば当然のことでございます。では急ぎ支度をし遠野に向かいまする」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます