第百六十四話 安俵への降伏勧告
京 勧修寺政顕邸
「なぜ朕はこんな小さき身体になっておるのだ」
見たこともない部屋に寝かされている。なんとなく幼少期を過ごした権大納言の家に似ている気もするが、知らない部屋だ。
「ああ、皇子様!お目覚めになられましたか!高熱をお出しになって人事不省になっておられたのですぞ」
身体を起こすと確かに倦怠感がある。ところで朕を皇子と呼んだ、こやつもまた見たこともない者だ。
「そなたの名は?」
「おお、儂の名もお忘れか。従二位権中納言勧修寺政顕でございます」
やはり……そのような名前の侍従は居なかったはずだ。それに電球の一つもなければ洋装でもない。いや和装のものはまだまだ多かったが。
「今年は何年だ」
「永正元年でございますよ」
永正だと!確か後柏原天皇の治世であったな。となると皇子と呼ばれた朕は後奈良天皇ということになるのか。
「あては皇子様がお目覚め遊ばれましたことを、帝に奏上してまいります。御子様はおやすみなさいませ」
◇
安俵城
「これはこれは裏切り者の毒沢殿ではないか。どの面下げてこの安俵城に参られた」
のっけから安俵城を治める小原藤二郎行秀のあたりが強い。
「ははは、和賀の家名を守るためならば、これくらいなんということもないぞ」
一族の中で敵味方に別れることは珍しくない。
「それにそなたの所にも阿曽沼殿からの文が来ておったであろう?」
「うむ、確かに来ておった。ただ、まさか寡兵の阿曽沼に斯波が敗れるとは思わなかったがな」
そう、石高だけでも十倍ほどの差があり誰も阿曽沼が勝つとは思っていなかったのだ。
「斯様に卑怯な戦法が採られなかったならば我らが勝っていただろうし、次は我らが勝つのは間違いない」
「なるほど、確かにそうだろう。しかし、卑怯でも戦に勝てば名君であり負ければそれまでであるし、その阿曽沼に勝つ支度ができるのはいつになるのかの?」
北に九戸、南に葛西、中も一枚岩と言いがたい状況である。阿曽沼に負けたことにより、稗貫や和賀の中でも謀反が起こる可能性とそれにより救援が得られないかも知れないということを毒沢義政は思う。
「ふふん、だからとて我らが阿曽沼如きに負ける謂われもない」
「それはどうかな?先日の戦で用いられた、大砲というものがまた出てくるかもしれんぞ?」
「ほぅ、あれは大砲というのか」
「むしろ野戦よりも城攻めで威力を発揮するそうだ」
「なるほどな、しかしこの城をそうそう落とせるものとも思えぬ」
まだ攻城戦で使用されたのをみていないので、その威力に小原行秀は疑問を呈する。
「ふむ、そういえばそうだの」
「毒沢殿、そなたは以前からそういうそそっかしさが垣間見られた。どうだ阿曽沼に味方するより我らの元に戻ってはどうだ。貴様も庶流とは言え和賀の一族ではないか」
「確かに我らは和賀の庶流ではあるが今更戻る気はないな」
毒沢民部義政の即答に小原行秀は少し面食らう。
「なぜだ?」
「飯が旨いのだ!普段我らが食っている米より旨く、なんと鮭まで付いたのだ!」
肥料たっぷりに育てられた米に高級食材である鮭の切り身を添えられたことで、すっかり胃袋を捕まれた毒沢義政は以前の生活に戻るという選択肢が消えていた。胃袋を捕まれた毒沢義政に小原行秀は少し呆れつつも、米が旨く鮭まで付くと言う言葉に少し心が揺れる。
「ゴホン、毒沢殿には悪いが、そうそう降ることなどできぬ。なんなら受けて立つ故、攻めてこいと阿曽沼めに言ってくだされ。我らに勝てば降りもするともな」
小原行秀の決意が揺るぎそうに無いことを感じ、毒沢義政は面会を辞する。
「左様でござるか。誠に、そなたはあっぱれな武士だな。ではごめん」
◇
「そうか、小原行秀はこちらに降らぬか」
「某の力不足、誠に恐れ入りまする」
「いや、よい。お互い武士であれば戦でケリをつけるのは尤もなこと。そなたら、明日出立する。急ぎ支度をせよ。目標は安俵城!皆の奮戦に期待する」
略装でくつろいでいた武将達の目付きが変わり、宮守館の足軽達に伝令を走らせる。
「兄上、やはり戦で決めねばならぬと思っていた所だ」
「うむ。言葉を尽くすのも悪くないが、やはり力はすべてを解決するというものだな」
「おう!武士は戦ってナンボよ!」
父上と叔父上らがガハハと笑い飛ばす。
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