第百六十三話 畜産希望
鍋倉城 浜田雪
「はーあ、早く戦終わらないかしら」
「あらぁ雪ったら若様に会えなくて寂しいのかしら」
「そ、そんなんじゃないです!」
母様にはそんな風に反論してみるけども、正直な所寂しい。
小菊は弥太郎についていって歳の近い子で気のおけない関係というのが居なくなってしまった。小菊はなぜかもんぺ姿だったけど、本人は気に入っているようだったからまあいいか。そんなとりとめのないことを考えてると母様に丸めた本で頭を叩かれる。
「若様に釣り合うような女になるのでしょう?そんなことでどうするのです」
前世でこんなことを喋ったら、とある方面から集中砲火を浴びちゃうわね。でも今は戦国時代だからフェミニズムどころか人権なんてものが存在しないし、若様に気に入ってもらえなければ何処の馬の骨ともしれない見たこともない男のもとに嫁がなければならなくなる。多分若様は大丈夫だと思うけど。
「ほら、いつまでもむくれていないで続きよ」
源氏物語を延々と読んでる。こういう恋愛物はちょっと苦手だ。どうせなら枕草子とか太平記のほうが楽しいな。文を一通りやると、あとは礼儀作法を習う。礼儀作法は前世でもあまり教えてもらえなかったし、丁寧な所作ってのはめんどくさいけど良いわね。そういえば若様は学校を作るって息巻いてたけど、女子教育はどうなるのかしら。若様が帰ってきたら聞いてみようかな。
◇
宮守館 阿曽沼孫四郎
「若様、改めまして、よろしくお願いいたします」
毒沢彦次郎丸がお辞儀する。
「うむ。こちらこそ、よろしく頼む」
そこで会話が途切れてしまう。何を話すべきか思いつかず、考えていると彦次郎丸から話を振ってくる。
「つかぬことを伺います。最近遠野が豊かになったのは、若様のおかげと伺っていますが、真でしょうか?」
まあこんな子供が主導したとは思わないよな。
「ん、まあそうだ。俺一人の力ではないがな」
実際俺がやったのは正条植えの利点が広まるように主導したり、植え付け間隔の適正化に堆肥小屋を作ったり、燻製料理を作ったりくらいだが。
「もしや大砲と火薬やらも若様が?」
「そうだと言ったらどうするのだ?」
火薬を知っているということは転生者かと思っていると、彦次郎丸が破顔する。
「おおー!本当に転生者が居たんですね!なんか転生の案内役とか言う女神様に近くに転生者が居る所へ送り込むとか言われまして!」
「お主も転生者だったのか。しかしそれなら毒沢殿ももっと発展したのではないか?」
転生者ならみんなやるかどうかは分からないが殖産興業に取り組むような気がする。
「いやー実は歴史には全く興味がなくて、というか学校の勉強はからきしでしてね。戦国時代に来たことで途方にくれて居たんですよ!」
「専門は何を?」
「特に何も!底辺の高校でしたし、卒業後は自動車メーカーの期間工をしていたくらいですし」
専門性は無しか。しかし現代教育を受けていたのだろうからそれだけでも大きなアドバンテージのハズだ。
「何かやりたいこととかあるか?」
「いやーずっとライン工以上できなかったので……たはは。前世では牧場やりたいなーとかは考えていました」
畜産希望か。悪くはないが希望を叶えてやれるかは分からない。
「動物を飼ったことは?」
「こちらに来て馬の世話をするようになったのが初めてです」
馬牧場はすでにあるがもっとあって良い。
「そうか。しかしそなた毒沢の嫡男であろう。牧場にかまけるのは難しいのではないか?」
「そこは、今後の検討課題ってことで!」
「まあ構わんがな。もし畜産に行くならデータの蓄積あるいは品種改良をしてもらうことになるがよいか?」
「あー生物でやった記憶。遺伝の法則でしたっけ」
遺伝という事象を知っているだけでもこの時代のものとは違う。統計学は学んでもらわねばならないが。
「落ち着いたら数学の勉強だぞ」
「うへぇ余計なこと言っちまいましたかね、こりゃ」
彦次郎丸はとてもわかり易く落ち込んでしまった。
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