第百六十話 満身創痍

宮守館


 敵を撃退した皆が宮守館に集まってくる。

 大軍を破ったということで表情は明るい。しかし、無傷のものはほぼおらず、みな大なり小なり出血している。革の手袋をつけた衛生班、というか前線に出なかった女子供らが手当をして回る。


「良いか。まず白湯で傷口をしっかり洗え!洗い終わったら三喜殿の膏薬を傷口に塗るのだ」


 いたるところで湯を沸かしており、真夏のような蒸し暑さになっている。

 そんな中、三喜殿がせっせと神仙太乙膏(しんせんたいつこう)を作っている。傷によく効く膏薬という。前世で聞いたことのあるのは紫雲膏だが、この時代には無いようで逆にどういう薬か聞かれてしまった。よくわからないのでそういう膏薬があると神様に聞いたということにしておいた。

 三喜殿からは次に神様に会った際にはぜひ製法を聞き出して欲しいとせがまれた。

少し離れたところに筵で目隠ししただけの死体安置所が置かれる。変わり果てた姿に家族がすがりついている姿が見られる。


「やはりかなりの数が死んだか」


「はっ。特に守綱様と共に囮となった方々が多いようです」


 戦だから勝っても負けても死人が出てしまう。やむを得ないことではあるが、今後俺がこれを命じなければならなくなる。そう思うと背中に脂汗が吹き出る。


「大きな怪我をしたものも多い。父上は高水寺城を攻めるおつもりのようだが」


「如何に斯波軍を破り、当主を討ち取ったといえど、かの城は難攻不落でございますからな。と若様、東禅寺の住職がお見えですぞ」


 戦死したもののため呼んだ東禅寺の住職が到着する。


「すまぬな住職。よろしく頼む」


「これは若様。足軽のために葬儀をあげてほしいと言われたときには驚きましたぞ」


 この時代は足軽の死体など野ざらしにされることが多いという。連れて帰ったとしても家族だけの簡易な埋葬のみで、葬儀まであげるのはそれなりの階級のものくらいだそうだ。


 しばらくすると読経と木魚の音が鳴り始め、騒いでいた者達も静まり、葬儀に集まってきた。


「あいつは古河から流れてきたと言ってたが、いいやつだったよ」


「少し位置がずれてたら死んでいたのは俺かもな」


「くそ!斯波の奴らめ!」


「ショッギョムッジョ!」


 いろいろな声が漏れ聞こえてくる。数時間前まで肩を並べ共に汗をかいていたものが物言わぬ骸となっている。まさに諸行無常だ。読経が終わると、再び斯波を血祭りに上げてくれる!などと威勢の良い声が増えてくる。


「そういや俺は今日、斯波の奴らの首を二つ取ってやったぜ!」


「おー!やるなぁ!」


 再び賑やかになった陣を抜け護衛の左近と共に宮守館に上がる。


「父上、お目出度うございます」


「うむ。なんとか守り切ったわ。いつつ……」


 傷口をさらしで覆っているが、細かい傷が体中に見られる。


「そういえばそなた東禅寺の住職を呼んだそうだな」


「はい。いけなかったでしょうか?」


 良かれと思ってやったことが裏目に出たか。


「いや、問題ない。むしろ葬儀まで上げてやったのだ、皆喜ぶ」


 お叱りでは無かったようだ。靖国社や護国社のような戦死者を祀る社はいずれ作ることにしよう。


「そして父上、今日死んだ者の名前と出身地の一覧です」


 保安局にまとめさせた死亡者連名簿を父上に渡す。名が判明したものは記載され、名のわからぬものはその他で一括りになっている。


「どれ…。ぬぅ…。二百に近いでは無いか」


 父上が苦虫を噛み潰したような顔をしながら唸る。

 土地は広いが、人は少ない我らの土地で二百の損失は極めて大きい。重傷者も同じくらいいるので高水寺城に攻めかけるには戦力が足りない。


「将を集めよ」


 父上の言葉を聞いた小姓が皆を呼びに走り出す。


「孫四郎よ、高水寺城を落とせると思うか?」


「数が足りませぬ。しかしだからとて、全く攻め入らぬのも兵らの溜飲が下がらないでしょう」


 城下の熱気を見るととてもこれで手打ちにするとは言えない。敵城の一つでも落とさなければならないだろう。


「細かい話しは評定で行いましょう。左近、工部大輔にも声をかけてくれ」


「はっ」

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