第百五十九話 銃剣突撃

宮守 宇夫方守儀


「狼煙が上がったな」


 谷を見下ろす斜面で守儀が独りごちる。


「皆、そろそろだぞ。用意は良いか?」


「は!」


 なんとか十丁の火縄銃を製造し、この日のために射撃訓練を繰り返した。時には近くに馬を置き、発砲音に慣らすことも行われた。

 だいたい必要な火薬量がわかったので、一発分ずつ弾と火薬が入った筒、後世でいうところの早合が各人二十発ほど用意されている。


「若様がご考案のこの火薬と弾を入れた筒は便利ですな」


「うむ。一発分の火薬を量らなくて良いし、あとは槊杖で突き固めれば良いのは楽だな」


 そうこうしているうちに守綱たちが走り抜けていく。続いて敵軍があとをゆっくりと追いかけていく。


「よし、火縄に火をつけよ」


 敵の足音に火打の音はかき消される。しばらくすると腹の奥底まで響くような音が谷にこだまする。


「おお、なんという音だ。工部大輔殿は随分なものを作ったようだな。皆、打ち方用意!それぞれよく狙って、撃てぇ!」


 発砲音が鳴り響き、足が止まった敵に鉛玉があたっていく。突然の攻撃に敵は混乱をきたす。

 しばらくすると敵から応射されるが、鉄砲隊の弾込めの間は百人ほどの弓隊が射ちかけ、近寄らせないようにしている。弾込めが終わったら順次発砲し、敵を斃していく。数発発砲したところで再度大きな音がなり、今度は敵の頭上で炸裂する。


「うおお!」


 思わず皆、塹壕内に頭を伏せるが、次に敵兵を見ると幾人かが倒れ、うめき声を上げ、いよいよ錯乱状態となった敵が前方、あるいは後方へと逃げようと押しくら饅頭になっている。


「皆、残弾すべて撃って撃って撃ちまくれ!」


 すでに弾を撃ち尽くしたものは銃の先に槍の穂先をつけ、矢を射つくした弓隊は刀を抜く。


「よし!五辻殿、そなたに半分預ける故、吉金の方に向かって兄上を助けてこい!」


「承知。宇夫方様は粡町に向かいまするか!」


「うむ。では突撃!」


 雄叫びを上げながら銃剣で敵の背中を刺して斃していく。



宮守周辺 毒沼義政


「毒沼様、このまま敵を追ってよいのでしょうか?」


「浮田、どう思う?」


 逃げていく遠野軍の背を追いかけながら毒沼義政らは相談する。


「殿も薄々感じておられると思いますが、罠ではないかと思いまする」


「そなたもそう思うか」


 確かに激しい矢の雨があったし、土塁に取り付いた際にも激しく抵抗された。しかし、その割には逃げ足が早すぎるように毒沼らは感じていた。

 時折殿となった数人が激しい抵抗をするが、時間稼ぎにはなるものの主力と思しき敵部隊が見えないのも毒沼らの疑心を膨らませていく。斯波軍は久しぶりの勝ち戦に気を良くしてどんどん追いかけているが、それに比例するかのように毒沼らの嫌な予感が強くなっていく。

 いつしか開けた土地に出るがここにも敵の主力が居ない。


「むう、この先の狭くなっているところに阿曽沼は居るのか?」


「毒沼様、向かいの山に数人居るようです。」


「敵陣と言うには数が少ないようだが。」


「斥候かもしれませぬ。」


「となると、儂等の動きは筒抜けだな。斥候もなんかしら合図を出すだろう。そうしたら我らは」


「承知しております」


 奇妙なほどに静かな谷を抜け、また少し開けた土地に出る。


「浮田、皆を連れて少し斯波軍から離れるぞ。猛烈に嫌な予感がする」


 そうして毒沼が率いる数十人が本隊から離れ、笠平のあたりに移動したのを見計らったかのように、後方で大きな音がなる。


「な、なんの音だ!?」


 初めての音に思わず足を止める。続いて先ほどとは異なる乾いた音が響く。


「こ、これが合図か。こんな敵に、敵うか……。や、約定どおり、我らは阿曽沼にお味方する!狙うは、先鋒を率いる岩清水よ!皆、続けぇ!」


 分断された上に毒沼らの裏切りで混乱し、すっかり数の優位を失った斯波軍と乱戦となる。しばらくすると後方から追撃が始まり、さらに斯波詮高が討ち取られたという報せがきて、生き残った斯波軍は大半が山中へと逃げていき、数人の武将が笠を振り、降伏する。


「ここまで阿曽沼が奇天烈な武器を持っているとは思わなんだ。足利の一門である斯波様が討ち取られるとは、まさか」


 毒沼らも遠野軍に囲まれ、宮守館へと連れて行かれた。

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