第百五十八話 戦場荒らしは大事なお仕事です

 少し時間が戻って、達曽部。


 幾人かの斯波方の足軽が討ち死にした者達の持ち物を探っている。


「おい、そっちはどうだぁ?」


「碌なもんがねぇ。せいぜい胴丸と珍しい弓くらいだんべ」


「おぉそういや、随分と威力の強い弓だったなぁ」


 一人の足軽が見慣れない滑車弓を取り上げる。


「なんだってこんな変なものが付いてんだ?」


 滑車をいじって確かめている。


「弦も随分強いな」


「これを持って帰って売れば良い銭になるんでねが?なあ……ってあれ?」


 一緒にいた足軽が一人消えている。


「やつぁどこさいったべ。っとあんなとこにいるでねが」


 足軽が滑車弓を振ると、仲間の足軽が近づいてくる。


「あれ、おめえ誰だ!?ぐふっ!」


 戦場荒らしの足軽の背中に刀が生える。


「左近、こいつで最後か?」


「どうやらそのようでございます。若様」


「弓は回収できたか?」


「あと一つ、見つかりませぬ」


「そうか、既に持ち去られたか。やむを得んな。あと、我らが兵の骸は回収しろ。弔ってやらねばならん」


「敵はどうしますか?」


「首だけはねて、ほかは一カ所に纏めて埋めておけ」


 荷車に甲冑を脱がせた物言わぬ兵達を乗せ、菰をかけ、内楽木峠(ないらぎとうげ)を抜けて宮守館に連れて行く。




同じ頃、宮守村の小高い丘に弥太郎が待機している。


「見晴らしはいいが、こんな所に大砲を構えろとか、若様は人使いが荒いなぁ」


 大人数人でもっこにのせ持ち上げた。


「旦那様、ここに据え付けるのですか?」


「うむ。ここからなら吉金も粡町の方も見通せるからな。ところでその山袴の着心地はどうだ?」


 シンプルに藍染めされただけのもんぺを穿いた小菊に弥太郎が問いかける。


「これは良いですね。足が傷つかなくて、裾が絞られているので引っかかりも少ないです」


 履き物はブーツなので足全体が守られる。近くの護衛の足軽達が羨ましそうに眺めている。


「いずれ皆に行き渡らせると若様は仰ってたよ」


「まぁ。それは良いですね」


 そう駄弁りながら予め木を切って草を刈り、少し地面を掘ってだいたい水平に均した場所に到達する。


「よーし、じゃあ台をここに置いてくれ」


 栗の木を使って制作した台を設置し、そこに24ポンドクーホルン臼砲じみた大砲が設置される。


「工部大輔殿、以前千徳城で使用されたものとは形が随分違いますな」


 そう聞いてくるのは小友右衛門次郎。万が一にも弥太郎達が敵に襲われたならば、確実に守るように厳命されている。


 千徳城で使用したのは長い筒になっており、今回は樽のような見た目で砲身が短くなっている。しかも今回のは45度に角度が固定されている。制作に時間がかかったため、またしても実戦での試験となる。


「これは高く打ち上げて敵さんの頭の上に弾を落とすのです」


「頭の上に……」


「千徳城で使用したものは塀や門などの破壊に効果があるのですが、こいつは城に籠もった敵を攻撃するのに使うのです」


「この戦は城攻めではありませぬが、使い出があると云うことですな」


「左様でござる。威力は実際に見て頂いた方が良いでしょう。っと、狼煙が上がっておりますぞ」


 狼煙を見た皆が戦闘態勢に入る。


「小菊は着弾地の記録を頼む」


「承知しました」


 そして待つこと約二刻。遂に守儀らに誘導されて敵が吉金に入ってきて、通り抜けていく。しばらくして斯波詮高らとおぼしき一群が入ってくる。丁度吉金の中央あたりにさしかかったところで向かいの斜面に居る守親の采配が振られる。


「火薬装填ヨシ!砲弾装填ヨシ!発射角ヨシ!総員退避ヨシ!発砲!」


 ドオォォン!と大気を震わせ臼砲が火を噴く。

 音に驚いたのか敵軍が足を止める。この臼砲の発砲は全軍攻撃の合図でもある。

数瞬後、詮高の近くに着弾する。


「うっ……」


 小菊が着弾の惨状に目を背ける。


「初めて見るのだから致し方ない。しかし少しずれたな。今度はこの導火線付きの榴弾を谷に向けてみよう」


 砲腔を清掃し、砲口をやや東向きにし、火薬を詰め、導火線に火をつけた砲弾を装填する。


「第二射発砲!」


 既に守儀らによる銃撃と矢の雨を喰らっている敵陣の直上で榴弾が破裂し、周囲の数人が倒れ伏す。音と威力に我を喪っていた小友右衛門次郎も矢を撃ち出す。


「まずまずだな。ふむ、しかし乱戦になってしまったのでもう撃てぬな」


「だ、旦那様、これが戦、なのですか?」


 顔を真っ青にした小菊が弥太郎に問いかける。


「うむそうだ。このような地獄が日ノ本中で繰り広げられているのだ」


 まあ大砲を使っているのは今のところ当家だけだろうが。


「このような地獄が早く終わらないのでしょうか」


「それができるのは若様か、或いは」


 織田信長や豊臣秀吉に徳川家康などはまだいないのだっけかちょっとよくわからんな。

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